譚海 卷之十二 (靈芝の事)
[やぶちゃん注:この条、「目錄」にない。国立国会図書館本も同じ。取り敢えず、以上の標題を掲げておいた。そもそも、この内容、既に出た「譚海 卷之十一 靈芝感得の事」と内容的には、ほぼダブる。「靈芝」などは、そちらの注に譲る。]
○靈芝は、多く、梅樹間(うめのきのあひだ)に生ずる物也。平地に生ずるを、尊(たつと)し、とす。
生じたるを見付(みつけ)たらば、早く採(とり)て、飯(めし)の湯氣(ゆげ)にて、蒸して、收置(をさめおく)べし。蟲ばむ事、なし。
地に生じたるを、油斷して置(おけ)ば、蝸牛(かたつむり)、殊に好(このむ)ものにて、嘗(なめ)、損じて、數日(すじつ)の後(のち)、敗腐(はいふ)して、用(もちひ)るにたらず。
『長壽の兆(きざし)なる。』
よし、佛說に見えたり。
叔父、別業(べつぎやう)に、兩度まで生(はえ)しを、採(とり)て收(をさめ)たり。
「『瓊田草(けいでんさう)』と稱する。」
よしにて、自法號に稱せり。
[やぶちゃん注:「叔父」複数回既出の津村の叔父中西邦義。最後の部分は、この叔父が自身の戒名「瓊田」を入れていることを意味する。次の話で「莚邦院瓊田居士」と出る。]