譚 海 卷之十三 まんさく枇杷の事 木蘭の事 卯木の事 長春花の事 鳩やばらの事 の事 梅櫻桃の植やうの事 すみれ叢生の方の事 鐵線花の事
○「まんさく」といふ樹、冬、白き花を、ひらく。「もくらん」の形の如し。是も、近年、渡りたるもの也。冬月、花のなき比(ころ)、珍重すべし。枇杷・ひひらぎ、冬さく花、すべて、香氣、有(あり)、ともに捨(すて)がたきもの也。
[やぶちゃん注:「まんさく」ユキノシタ目マンサク科マンサク亜科マンサク属マンサク Hamamelis japonica は本邦固有種。独特の花で、萼は赤褐色、又は、緑色で円く、花弁は黄色で長さ一・五センチメートルほどの細長い紐状を呈する。開花期は二~三月で、まあ、合うものの、「白き花」というのが合わないので、調べたところ、マンサク科トキワマンサク属トキワマンサク Loropetalum chinense がそれらしい。当該ウィキによれば、『本州中部以南から九州、台湾、中国南部、インド東北部に分布する。但し、日本での自生は極めて限定的で、静岡県湖西市・三重県伊勢神宮・熊本県荒尾市のみ知られる。常緑小高木。花期は』五『月頃で』、『細長い』四『枚の花弁の花を咲かせる』(開花の季節は合わない)。『花の色は、基本種はごく薄い黄色である』とあり、グーグル画像検索で「トキワマンサク Loropetalum chinense」を探すと、幾つかの写真で「トキワマンサク」として、殆んど白くしか見えない花のページが存在する。やはり、花期に不審があるので、冬に「もくらん」(モクレン目モクレン科モクレン属ハクモクレン節モクレン Magnolia liliiflora )に似た白い花を咲かせる「近年、渡りたるもの」に当たりそうな木本類を探してみたが、ピンとくるものはない。ただ、ツツジ目モッコク科(サカキ科)ヒサカキ属ハマヒサカキ Eurya emarginata に目が止まった。花期は十一~十二月で、白い五枚の花弁は小振りだが、壺状に寄り添っている。グーグル画像検索「ハマヒサカキ 花 冬」をリンクさせておく。一つ一つは小さいが、枝に密生して咲いているそれは、なかなかに見応えがある。しかも、当該ウィキによれば、『本州では千葉県以西、四国、九州から琉球列島に見られ』、『国外では朝鮮南部、中国に分布する。海岸に生える』。『琉球列島では変異種が多』いとあり、江戸時代は形式上は琉球は国外であるから、「渡りたるもの」に違和感はない。これを、第一候補とすべきか。]
○もくらん・こふじ[やぶちゃん注:ママ。「こぶし」の錯字であろう。]は、折(をり)て生花に、なしがたし。つぼみたる花、ひらく事、なし、只、庭中の觀(みる)物也。
○卯木(うつぎ)、市中に植(うゑ)れば、あぶら蟲を生ず。眞(まこと)に山林のはな也。
○長春花、生垣にすべし。四季、花、絕(たえ)る事、なし。
[やぶちゃん注:リンドウ目キョウチクトウ科インドジャボク亜科 Vinceae 連ニチニチソウ属ニチニチソウ Catharanthus roseus の異名。当該ウィキによれば、『初夏から晩秋まで次々に花が咲くので、「日々草」という』とある。但し、本種は]『「ビンカアルカロイド」』(Vinca alkaloid)『と総称される』、十『種以上のアルカロイドが、全草に含まれる』毒草である。]
○「はとやばら」といふあり。花、大輪にして、蔓生(つるせい)するもの也。樹上、或は、衡門(かうもん)の上に、はひかゝいて、花、咲(さき)たるけしき、一品あるもの也。
[やぶちゃん注:「はとやばら」バラ科バラ属バラ亜属ナニワイバラ節ナニワノイバラ Rosa laevigata の淡紅種、或いは、変種らしい。ウィキの「バラ属」では、帰化植物とする。
「衡門」二本の柱の上に横木の冠木(かぶき)を渡しただけの門。「冠木門」に同じ。]
○梅をば、遠く、うへ、櫻・桃などを、近く植(うう)べし、然らざれば、さくらの咲(さく)比(ころ)は、梅の若葉に、さへられて、無念なるもの也。
○「すみれ」は鉢の中に植(うう)べし。花の跡の實(み)、鉢の中に落(おち)て、翌年には、あまた、生ずる也。庭中・垣のもとなどに植れば、風に、實、吹散(ふきち)らされて、あまた生(しやうず)る事、なし。
○「てつせん」も、垣を造りて、まとはすべし。書齋の窻前(さうぜん)[やぶちゃん注:「窓前」に同じ。]抔(など)に、殊に觀(みる)物に備へて、幽奇、限(かぎりな)なきもの也。
[やぶちゃん注:「てつせん」「鐵線」。キンポウゲ目キンポウゲ科キンポウゲ亜科 Anemoneae 連センニンソウ属 Clematis亜属Viticella 節テッセン Clematis florida。原産地は中国で、現地では「鉄線蓮」と呼ばれ、本邦への移入は万治四・寛文元(一六六一)年~寛文一一(一六七一)年頃とされる。]
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