譚海 卷之十 土州暖國幷夏月龍を逐事
[やぶちゃん注:標題最後は「おふこと」。「龍」は言わずもがな、竜巻(たつまき)を指す。]
○四國の内、土佐は第一の暖國なり。是(ここ)に、つゞきては伊豫なれども、土佐程には、あらず。此二國は南海にむかひ、阿波・讃岐は内海に向ひ、北に、そむけたれば、さむき事、格別、異(こと)なり。土佐は土用過(すぎ)、初秋にいたりて、每年、極(きあhめ)て人家を吹(ふき)たふす如きの南風、一兩度、おこる。此風、吹(ふか)んとするときは、四、五日以前より、海の鳴音(なるおと)、日夜、おびたゞしきゆえ[やぶちゃん注:ママ。]、人々、かねて、風の來らん用心をするなり。
又、夏月は、時々、龍、出(いづ)る事あり。龍のとほりたる道筋、左右へ、二間[やぶちゃん注:三・六四メートル。]ほどの間は、一物も殘らず、かなぐりすてて、赤地(あかぢ)と成(なる)事、たえず。それゆゑ、龍の出(いづ)るをみては、人々、競集(きそひつどひ)て、嗚物(なりもの)を打たゝき、龍を逐(おふ)なり。
「かくすれば、龍、逐(おは)れて、人家によりつかず、遠くさけて、しりぞく。」
といふ。
又、
「夏月は、夜々、電光のてらす事、暗夜(やみよ)は、海面に映じて、その光り、はなはだ、いやなる氣味なり。是がために、夏は、夜漁(やれう)すれども、魚を得る事、すくなし。」
と、いへり。
[やぶちゃん注:「電光のてらす事、暗夜は、海面に映じて、その光り、はなはだ、いやなる氣味なり」冒頭の謂いは、実際の雷(かみなり)のように見えるが、実際には「暗夜は、海面に映じて、その光り、はなはだ、いやなる氣味なり」とあることから、これは私は、渦鞭毛植物門ヤコウチュウ(夜光虫)綱ヤコウチュウ目ヤコウチュウ科ヤコウチュウ属ヤコウチュウ Noctiluca scintillans による夜間の発光現象であろう。ヤコウチュウが附着した網には、魚類が避けてしまい、実際に漁獲は減るし、同種は「赤潮」の原因にもなるので、「魚を得る事、すくなし」は納得出来る。]