譚 海 卷之十三 唐紙淸書文字を拔方の事 朱印をぬく方の事 まんじゆさけ書物箱にぬり蟲を去事 經師表具あつらへやうの事 物書筆たくはへやうの事 書籍蟲ぼしの方の事 硯具あらふべき事 墨を製する方の事 菊花枕の事
[やぶちゃん注:本巻は短文の記事が多いので、関連の有無を必ずしも問わず、複数を合わせて電子化注する。但し、現在、唯一SNSとして記事リンクを張っている「X」(旧Twitter)では、表示字数が限られており、あまり長いと分割して示さなくてはならないので、相応に標題の長さで制限はする。「拔方」は「ぬくはう」。「まんじゆさけ」はママで、マンジュシャゲのこと。「經師」は「きやうじ」。]
譚 海 卷の十三
〇唐紙、淸書の時、書損(かきそん)じたる文字を拔取(ぬきとる)には、拔(ぬく)べき文字の、上にも、下にも、白紙を置(おき)て、しんなき筆の、あたらしきに、水を點(てん)じ、白紙のうへより、靜(しづか)に、うちうち、する時は、文字、紙にぬきとられて、白紙となる也。鳳仙花のある比(ころ)ならば、其枝を切りて、枝の小口にて、うつときは、筆より早く、文字ぬける也。然(しか)れども、其まゝにては、鳳仙花の汁の跡、少し、きはづく[やぶちゃん注:「際附く」であろう。「際の部分に附着する」という動詞。]により、仕上(しあげ)のとき、筆に、水を、てんじて、うつときは、紙のひたるとき、「きはづく」[やぶちゃん注:前の名詞形。]、跡、つかず、となり。
○物書(ものかき)たる、紙にても、絹にても、朱印、押損(おしそん)ずる事、有(あり)。是を拔(ぬき)とるには、文字を、ぬくごとく、上下に白紙を置(おき)て、大根の切口にて、うつときは、朱の跡、ぬけ落(おつ)る也。
○「まんじゆしやげ」といふ花、俗に「彼岸花」といふ草、有(あり)。此花の枝をも、根をも、取(とり)て、搗(つき)て、しぼるときは、汁、出(いづ)る也。其汁を書物の箱の内へぬり置(おく)時は、書籍、蟲、はむ事、なし。又、繪(ゑ)を書(かく)に、「にかは」の替りに、此(この)汁を用(もちひ)る事、有(あり)。佛像など、膠(にかは)を、いむときに用ゆる事也。ゑのぐに、かはのごとく、ねばりて、落(おつ)る事、なし。
[やぶちゃん注:「まんじゆしやげ」「彼岸花」単子葉植物綱キジカクシ目ヒガンバナ科ヒガンバナ亜科ヒガンバナ連ヒガンバナ属ヒガンバナ Lycoris radiata 。当該ウィキによれば、『ヒガンバナは有毒植物として知られており、特に鱗茎には作用の激しいアルカロイドを約』一パーミル(per mille:千分率(せんぶんりつ)。「千分の一」を「一」とする単位。記号は「‰」)『含んでいる』。『含有されるアルカロイドとしては、リコリン(Lycorine)』五十『パーセントであるが、それ以外にも、ガランタミン(Galanthamine)』・『セキサニン (Sekisanine)』・『ホモリコリン(Homolycorine)』『などを含む』。『リコリンの語源はヒガンバナ属の学名「リコリス」に由来し』、『経口摂取すると』、『流涎(よだれ)や吐き気、腹痛を伴う下痢を起こし、重症の中毒の場合には中枢神経の麻痺を起こして苦しみ』、『死に至る場合もある』とある。私の記事では、ヒガンバナの驚くべき沢山の異名を尽してみた「曼珠沙華逍遙」があるので、是非、読まれたい。]
○古筆(こひつ)・古畫(こぐわ)、表裝するには、先(まづ)、掛物・卷物などの全體を、拵へ定(さだめ)て後(のち)、其書畫を、上より、張付(はりつけ)るやうにすべし。さなくして、經師(きやうじ)に、あつらふれば、書畫のはしへ、絹をはり加へるゆゑ、再び表具する時は、書畫の張(はり)かけたる所、糊にて、損ずる也。
○物書(ものかき)終(をはり)ては、筆を、そのまゝ洗ひて、收(をさ)むべし。同じくは、筆をあらひて後(のち)、よく、ぬぐひて、さかさまに釣置(つりおく)べし。洗(あらひ)たるまゝにて收置(をさめおく)ときは、水氣(すいき)、殘る故、早く朽(くち)て、損じ安し。
○書物、蟲干するには、和紙の本は、二つに開(あ)けて、其まゝ、疊のうへに、たてて、干(ほす)べし。風、よく通りて、便宜、よろし。唐紙(からかみ)の本は、如ㇾ此すれば、たふるゝ故、心あるべし。
○硯は、日々(ひび)、洗(あらひ)て用ゆべし。停墨(ていぼく)あるときは、筆、しぶりて、文字、意の如く、かゝれず、且(かつ)、墨色、光を發せず。
○墨を製するには、阿膠(あけう)にても、常の「にかは」にても、紙につゝみて、炎日(えんじつ)の比(ころ)、土中へ埋め置(おき)、每日、日中に、其所(そこ)へ、水を少しづつ、ふりそゝぐ。如ㇾ此する事、七日程を經て、土中より取出(とりいだ)す時、「にかは」、にえかへりて、ひとつに成(なる)也。
扨(さて)、それへ、油烟墨(ゆえんぼく)にても、朱(しゆ)にても、まぜて、心のごとく、形(かた)に入(いれ)、製する事也。又、形を用ゐず、「にぎり墨」にするも、あり。
[やぶちゃん注:「阿膠」(あきょう)は、山東省東阿県で作られる上質の膠(にかわ)を指し、接合剤のほか、漢方薬などにも用いる。]
« 譚海 卷之十二 佐竹慈伯の事 / 卷之十二~了 | トップページ | 譚 海 卷之十三 菊花枕の事 圓座のしんの事 繩座のこしらいへやうの事 刀脇差のさや製の事 肥後ふくべ懷中の法の事 きせる取あつかひの事 印判懷中步行心得の事 »