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2024/03/21

譚海 卷之十二 たゝみこぶいやす方の事 斷機慈語

○「疊こぶ」、痛みて、せんかたなきは、皮足袋(かはたび)を、夏・冬、はなさず、はく時は、いえて、うれひなし。」[やぶちゃん注:以下、底本でも改段落している。]

 右、是までは、叔父、物語也。

 叔父、天明八年九月十一日、深川別業(べつぎやう)にして、終(をは)りたれば、爰(ここ)に、筆を、とゞむ。

 叔父、江戶大傳馬町三丁目の生(うま)れにして、行年(ぎやうねん)七十八歲也。法名を「莚邦院瓊田居士(えんはうゐんけいでんこじ)」と、いへり。[やぶちゃん注:以下、底本でも改段落している。]

 斷機慈語。

 是は、先妣(せんぴ)[やぶちゃん注:亡き母。]の物語、聞置(ききおき)たる事を、しるす。

 母は江戶大門通はせ川町の生(うまれ)にして、「竹内氏」也。天明二年、剃髮して「妙智」と號す。同七年十月廿三日、病(やまひ)を得て、家に逝(せい)せり。行年七十五歲に、なん。

[やぶちゃん注:「たゝみこぶ」「疊こぶ」思うに、畳に正座する時間が長く、その結果、下肢静脈瘤が出来ることではないか? ネットで同疾患の写真を見ると、かなり血管が、広範囲にボコボコに発生するようで、悪化すると、皮膚が炎症を起こし、皮膚の発赤や、痒み・痛みを伴うようになり、重症例では潰瘍が生じたりする場合もある、とあった。

「叔父」複数回既出で、前話にも出た津村の叔父中西邦義。

「天明八年九月十一日」グレゴリオ暦一七八八年十月十日。本巻の最新記事は、この天明八年であり、母の逝去を天明七年十月二十三日(グレゴリオ暦同年十一月二十二日)とするので、恐らくは、その直後から大晦日前までの年末二月(ふたつき)ほどの間に、この記事は書かれているのではないかと考えられる(天明八年は十二月六日でグレゴリオ暦一七八九年一月一日となる)。

この年の後期三ヶ月余りの間に本篇が書かれたことが判る。叔父への供養の雰囲気が横溢している。

「行年七十八歲」これによって中西邦義の生年は正徳二(一七一二)年と判る。津村の生年は不明。文化三(一八〇六)年五月に没しており、底本の竹内利美氏の冒頭解題によれば、行年は『七十歳を越していたらしい』とある。生年から仮に七十一を引くと、一七三六年(享保二十一年・元文元年)以前の生まれと推定出来る。

「莚邦院瓊田居士」前話を参照されたい。

「斷機慈語」これは、以下の津村の亡き母から聴いたということを、孟子の「断機の教え」に懸けて自身の忸怩たる思いに、叔父追悼の意を添えて述べたものであろう。

「母」「行年七十五歲」から津村の母は正徳五(一七一四)年生まれとなる。]

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