譚海 卷之十一 蟇目の矢の事
○蟇目(ひきめ)には、名將の矢を用(もちひ)る事を尊ぶ也。
享保の比、根の井斯兵衞といふ「ひきめ」の名人、有(あり)。是は、
「源九郞義經の矢を所持し傳へて、夫(それ)にて、奇特、多かりし。」
といふ。
菅谷平兵衞と云(いふ)者、狐、託(たく)して、口ばしりたるに、根の井氏の高弟、蟇目にて、狐を射殺したり。
狐の、祟(たたり)をなすものなれども、其法を用て殺されたるには、狐も、祟る事、あたはぬにや、何事もなくてありし也。
[やぶちゃん注:「蟇目」朴(ほお:モクレン目モクレン科モクレン属ホオノキ節ホオノキ Magnolia obovata )又は桐(シソ目キリ科キリ属キリ Paulownia tomentosa )製の大形の鏑(かぶら)矢。犬追物(いぬおうもの)・笠懸けなどに於いて射る対象を傷つけないようにするために用いた矢の先が鈍体となったもの。矢先の本体には数個の穴が開けられてあって、射た際にこの穴から空気が入って音を発するところから、妖魔を退散させるとも考えられた。呼称は、射た際に音を響かせることに由来する「響目(ひびきめ)」の略とも、鏑の穴の形が蟇の目に似ているからともいう。私の「耳囊 卷之三 未熟の射藝に狐の落し事」及び同じ「耳囊」の「卷之九 剛勇伏狐祟事」や「卷之十 狐蟇目を恐るゝ事」の本文や私の注をも参照されたい。怪奇談集では、頗るポピュラーな物の怪退散の武家式の呪的アイテムである。]
« 譚海 卷之十一 濃州正木太郞太夫鐵のくさりの事 | トップページ | 譚海 卷之十一 人を追かくる時にとなふる歌事 »

