譚海 卷之十一 田沼主殿頭殿撫牛の事 附七ツ目ゑとの事
[やぶちゃん注:標題「ゑと」はママ。]
○田沼主殿頭(とものかみ)殿、銀にて、牛を拵(こしら)て側(かたはら)に置(おき)、平日、呪文を唱(となへ)て、撫でらるゝ。
當時、立身、並(ならび)なく、老中に迄、昇進ありし故、專ら世間に行(おこなは)れて、呪文、唱(となふ)る譯(わけ)は知らぬ人も、牛を拵へて、撫(なづ)る人、多し。
此呪文を察するに、「大威德明王の陀羅尼」成(なる)べし。
又、十ケ年來、此かた、
「我(われ)生れたる年の『えと』よりかぞへて、七ツ目にあたりたるものを繪に書(かき)て、平日、壁に懸置(かけおく)ときは、立身するよし。」
にて、七ツ目の「えと」といふ事、專ら行(おこなは)るゝ事也。
とかく顯位(けんゐ)の人のする事は、行(おこなは)れ安きものにや。
[やぶちゃん注:「田沼主殿頭」田沼意次。
「七目(ななつめ)の干支(えと)」自分の干支から数えて七番目にあたる干支(円周にした場合の対称位置に当たることから「向かい干支」とも呼んだ)。その干支の十二支の動物のそれを絵にして身近に置くと、幸運を招くと信じられていた。知られた著名人では泉鏡花が有名で、彼は当該ウィキによれば、『酉年生れの鏡花は』、『向かい干支の兎にちなむものをコレクションするのが趣味だった』。これについて、『本人は母親に兎のものを大切にせよと教わったと記している』。『マフラーにまで兎柄を用いた鏡花は収集品が大の御自慢で『東京日日新聞』の「御自慢拝見」という欄に登場したこともある』とある。私は鏡花を本邦唯一の幻想文学の巨匠として偏愛し、私も酉年生まれであることから、真似をして若き日より、兎のアイテムを蒐集していることを自白する。]