譚海 卷之十一 多岐尼天修法祕書の事
○「多伎尼天(だきにてん)の法(ほふ)」、又、殊に嚴敷(きびしき)奇特あるもの也。
修法(しゆほふ)成就の時は、壇上へ、白狐、現ずるもの也。
江戶、芝(しば)西の、久保名主(なぬし)林藤吉といふ人、有(あり)、性質(たち)、密敎を好(このみ)、習(ならひ)て、眞言諸流の祕密をうかゞひ、究め、精勤成(なる)事、宗門僧も及ぶ衆(しゆ)無きほどの事也。
ある僧、多伎尼天法を、法(ほふ)のごとく、三七日(さんしちにち)[やぶちゃん注:二十一日]、修せしに、白狐、現(げん)せず、
「修事(しゆじ)、整(ととのは)ざる事、あるにや。」
と思ひて、又、あらためて、三七日、修せしに、同じ事成(なり)ければ、思ひかねて、藤吉が許(もと)へ行(ゆき)て問(とひ)けるに、藤吉、其修事の次第を、はじ[やぶちゃん注:「端」。]より問聞(とひきき)て、一所に至りて、
「そこにて、袈裟ぬぎて、何々の事をなして、其『だらに』を唱(となへ)ざる故、白狐、現ぜぬ也。」
と、いへりしかば、此僧、立歸りて、又、三七日、修法をはじめ、藤吉いへる如く、せしかば、
「白狐、現ぜし。」
と、なり。
[やぶちゃん注:「多伎尼天」「荼枳尼天」が一般的表記。夜叉の一格。当該ウィキを見られたいが、そこに、『ダーキニーは』、サンスクリット語では、『もともと集団や種族を指す名であるが、日本の荼枳尼天は一個の尊格を表すようになった。日本では稲荷信仰と混同されて習合し』、『一般に白狐に乗る天女の姿で表される』、『狐の精とされ、稲荷権現、飯綱権現と同一視される』、『また辰狐王菩薩とも尊称され』、『剣』・『宝珠』・『稲束』・『鎌などを持物とする』とある。]
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