譚海 卷之十一 慈惠供幷爐壇佛器の事
○祈禱になるには、「慈惠供(じゑく)」といふに勝(まさり)たる事は、なし。是は慈惠大師の、はじめ給ふ修事(しゆじ)にて、紙錢(しせん)を拵へて、金剛線(こんがうせん)にかけて、三界(さんがい)の貧窮に施す法(ほふ)也。朝の内に十座も修せらるゝ法にて、功德、勝れたる事也。
金剛線といふは、爐壇の四方に引(ひき)たる繩の事也。此繩をば、十三歲までの女子(によし)の、いまだ月水(げつすい)にならざるものに、絲(いと)を、とらせて、比丘戒の僧、五智の如來の呪(じゆ)をとなへながら、繩に、よる[やぶちゃん注:「撚(よ)る」。]事也。
繩を張(はり)たる四方の柱を「四ケ門(しかもん)」と云(いひ)、行者(ぎやうじや)の坐して向ふ所を「門壇」と云(いふ)。
中央をば、寶篋印塔(はうきやういんたふ)にかたどりて、「だら尼」をしめ[やぶちゃん注:「占(し)め」であろう。結界とすることであろう。]、壇の四角なるは、「卍」字(まんじじ)にかたどりて、上は火大(くわだい)のかたちを表(あらは)し、四方に三十七の蓮花をほりたるは、愛染(あいぜん)の蓮花にかたどる也。
[やぶちゃん注:「火大」の「大」は「一切のものに遍満し、それらの拠り所となる本原」の意。一般には、「地・水・火・風」の「四大」を説き、密教では「五大」、「六大」などを説く、その一つ。地と水と風、また、地と水と風と空、及び、識(しき)とともに万物を構成するとされる要素を指す語。煖相(なんそう:暖かさ)を本性とし、熟(成熟)の作用があるとされる。]
禮盤をば、「禪榻(ぜんしじ)」と云ふ事也。
總じて、護摩の壇をば、人間の體(からだ)にかたどるもの也。
委敷(くはしき)事は「觀行要覽(くわんぎやうえうらん)」といふ書に記して有(あり)。
根本(こんぽん)、護摩に火を燒(たく)事は、天竺の外道(げだう)の法を、まじへ用(もちひ)たるもの也。「火(くわ)」は、人間にありて、「陽火」也。天に有(あり)ては太陽の精也。朝、火氣は、何もなきやうなれ共(ども)、石を打(うち)てみれば、火があらはるゝ、是、太陽の氣、元より、減(げん)ぜず、精氣、移りて火となる也。それゆゑに、火を以て、せざれば、萬事、成就する事、なし。
三鈷(さんこ)は、火形(くわけい)にかたどりたる物也。獨鈷(とくこ)は劍(つるぎ)にかたどり、五鈷は五大尊に表したるゆゑ、五鈷の先には佛舍利を入(いる)る事也。呪詛の時は五鈷を人骨にて作る事、有(あり)。くはしき事は、「ソバコ童子經(だうじきやう)」[やぶちゃん注:「ソバコ」の右には編者補注で『(蘇婆呼)』とある。]といふ書に出(いで)たり。
[やぶちゃん注:「慈惠大師」平安時代の天台僧で、一般には通称の「元三大師(がんざんだいし)」の名で知られる第十八代天台座主にして、比叡山延暦寺中興の祖良源(延喜一二(九一二)年~永観三(九八五)年)の諡号。
「五大尊」密教修法に五大明王を勧請し、同時に修する法がある。中央に不動明王、東壇に降三世(ごうざんぜ)明王、南壇に軍吒利(ぐんだり)明王、西壇に大威徳明王、北壇に金剛夜叉明王の五大尊を勧請するものである。
「ソバコ」「蘇婆呼」「童子經」「蘇婆呼童子經」(そばこどうじきょう)は真言宗の真言八祖の第五祖とされる、インドの摩伽陀国国王にして訳経僧であった善無畏三蔵(シュバカラシンハ 六三七年~七三五年)が漢訳したもの。「蘇婆呼童子請門經」「蘇婆呼律經」「蘇婆呼經」「蘇婆呼請問經」とも呼ぶ。同書には五鈷杵・三鈷杵・独鈷(とっこ)や羯磨(かつま)などの金剛杵についての説明が載る。]

