譚海 卷之十二 美濃屋淸兵衞事
[やぶちゃん注:冒頭の「亦」は贅沢が祟って遠島になった前話を受けている。]
○亦、美濃屋淸兵衞と云(いふ)もの、あり。
是も、骨切り[やぶちゃん注:ここは「十分でこの上ないこと・申し分のないこと」相応の身代を持った人物であること。]の町人成(なり)しが、何やら、總代運上(うんじやう)を願申立(ねがひまうしたて)、
「江戶中、人、一人より、一ケ月に、一錢づつ、運上被ㇾ下置候樣。」
に相願(あひねがひ)、[やぶちゃん注:「運上」は江戸時代には雑税の一種として、商・工・漁猟・運送などの営業に対して、一定の率で営業許可手数料を課したものを言うが、以上の美濃屋の願い出の意味が、私には、よく判らない。彼は江戸の物流搬送を扱う者たちの総代であったものか。されば、江戸の全住人から一律に、その扱い手数料として「一銭」を要求したものか。]
「不屆(ふとどき)。」
に思召(おぼしめさ)れ、遠島、仰付(おほせつけ)られしが、年、經て、赦免あり、歸府いたして、專修[やぶちゃん注:「專修念佛」。浄土宗。]の信心、道者[やぶちゃん注:底本では「道」の後に、同一ポイントの補正注で『(心)』とある。]と成(なり)て、關東に七ケ所の觀音を、丈六(じやうろく)に建立(こんりふ)せしが、いかなる事にや、千駄木觀音寺の雪隱(せつちん)にて、自害して、失(うせ)たり。
其觀音の内、千駄木・靑山長谷寺・鎌倉の長谷の觀音など、其數(かず)の内也。
[やぶちゃん注:「一丈六尺」(約四・八五メートル)」の略で、仏像の標準的な高さとされる。
「千駄木」「の觀音堂」東京都文京区千駄木にある「観音堂」か(グーグル・マップ・データ)。
「靑山長谷寺」不詳。]

