譚海 卷之十二 同佳風物語行狀の事
[やぶちゃん注:「佳風」は前話に出た俳諧師の俳名。されば、津村の亡き母の思い出話の続きである。]
○「佳風の物語に、
『地藏と、いなりは、時々、はやるもの也。』
と。
『淺野家の士、四十七人、吉良殿を、夜討せし事、ケ樣の事は末の世に至りては、殊の外、大(たい)そう[やぶちゃん注:ママ。]成(なる)事に云(い)ひつたふるもの也。』
とぞ。
佳風、子ども一人ありしが、本庄樣ヘ、小姓(こしやう)に抱へられてありける。ある時、本庄樣、桂風に、
『逢(あひ)たき。』
よしにて、門前迄、御越(おこし)有(あり)しかども、「留守」のことはり[やぶちゃん注:ママ。]いひて、逢(あひ)まゐらせず、歸しまゐらせし、とぞ。」
[やぶちゃん注:「本庄樣」美濃国高富藩を治めた譜代大名本庄家か。]

