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2024/03/15

譚海 卷之十一 横谷宗與宗祇幷奈良俊永等の事

[やぶちゃん注:冒頭は前話を受けている。]

 

○後藤家の外に、橫谷宗與(よこやそうよ)と云(いふ)物[やぶちゃん注:ママ。]、彫物の上手也。

 宗與が子に宗珉(そうみん)といふは、後藤代々の名人にも越(こえ)たる程の上手にて、「一輪牡丹」などと云(いふ)ものは、宗珉が彫(ほり)はじめたる事也。

 すべて、宗珉作は、高價なる物成(なり)しを、宗珉が子どもに、「えせ者」有(あり)て、そでもなきものに、

「親の作りたる。」

よしの極(きわ)めを出(いだ)し、あらぬ物に、「宗珉」の銘など彫(ほり)て、僞りて、こしらへしゆゑ、宗珉の作、下品に成(なり)て、價も減じたる事也。

 又、奈良の俊永といふものあり。彫物(ほりもの)の名人にして、當時、彫物を業(なりはひ)とするもの、おほく、俊永の形を、手本にして、ほりいだす事也。

[やぶちゃん注:「橫谷宗與」(慶長一八(一六一三)年~元禄三(一六九一)年)は初代の装剣金工で横谷派の祖。名は友周。通称は治(次)兵衛。京都生まれで、京で後藤殷乗(いんじょう)に師事した後、寛永年間に江戸に出て、後、幕府に仕え、彫物役となった(小学館「日本国語大辞典」に拠った)。

「宗珉」(寛文一〇(一六七〇)年~享保一八(一七三三)年)は横谷家二世。江戸に生まれ、後藤殷乗の門人である初代横谷宗与の実子とも、養子ともいう。初め、父以来の幕府御彫物役を勤めていたが、後藤家の因襲にとらわれた家彫(いえぼり)に飽きたらず、役を辞し,自由な題材・材質・構図等を採り入れ、当時の彫金界で一世を風靡した。作品は小柄・笄・目貫・縁頭(ふちがしら:刀の柄(つか)の両端の金具のこと。 柄の先(握りの前)の金具を「頭」といい、刀の茎の入り口を「縁」と呼ぶ。 この二つは基本的には一緒に作られているものが「縁頭」とされる)と多岐に渡り、赤銅魚々子(しゃくどうななこ)地に肉高の高彫色絵のほか、四分一地に彼の創意になる「片切彫」があり、図柄は虎・獅子・獅子牡丹・一輪牡丹などが多い。また、画家の英一蝶と親交が深く、一蝶の下絵になる作も現存している。一門に宗与のほか、横谷英精・柳川直政・大森英昌・古川元珍らがおり、その分脈は、おおいに栄え。「町彫(まちぼり)の祖」として、高く評価されている(平凡社「世界大百科事典」に拠った)。

「俊永」不詳。]

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