譚海 卷之十二 尾州外山山莊の事
○尾州、外山(とやま)御下屋敷は、外人(そとびと)に見せらるゝ事を、堅く禁ぜらるゝ。行(ゆき)て見たる女房の物語りしは、
「大成(おほきなる)池あり。山を𢌞(めぐ)りて、川の如く、夫(それ)に渡せる大橋也。要害にかまへられたる所成(なる)故に、見せらるゝ事を禁じ給ふ。」
とぞ。
[やぶちゃん注:「尾州、外山御下屋敷」「江戸マップβ版」の「大久保絵図(位置合わせ地図)」をリンクさせておく。『戶山尾張殿』がそこ。現在の『戸国立感染症研究所』の関連施設を東とし、西方の外山公園地区・南の宅地群を含む広大な場所である。「要害にかまへられたる所」の「要害」とは、如何なる意味かは調べ得なかったものの、敗戦まで、かの「陸軍戸山学校」があった場所であるから、古くからの武蔵の要害の地であったことは想像出来るが、どなたか、お教え下さると幸いである。]

