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2024/03/17

譚海 卷之十一 ゐんこ・きうかん・鸛幷狆・五色鼠の事

[やぶちゃん注:「ゐんこ」と「きうかん」はママ。鳥の「鸚哥」は歴史的仮名遣でも「いんこ」でよく、「九官鳥」は歴史的仮名遣では「きうくわんてう」である。

 なお、この前の「ギヤマンの事」は既にフライング公開してある。『「續南方隨筆」正規表現版オリジナル注附 「南方雜記」パート 鷲石考(1)』も見られたい。]

 

○「いんこ」と云(いふ)鳥は、食物、砂糖を水に入(いれ)て飼ふ事也。飼付(かひつけ)のしかた、鳥を飼ふ商買の者も知る物[やぶちゃん注:ママ。]、稀也。よりて、久敷(ひさしく)たもつ事、かたし。

 「をし鳥」は、高價なるは、十金にも至る。能(よく)人に馴(なれ)たるは、人を追(おひ)て、鼻紙の上に、とゞまる。

 キウクワンは、物をいふ事、「あふむ[やぶちゃん注:ママ。歴史的仮名遣は「あうむ」が正しい。]」に、まされり。籠にありて、寂寞なる時は、唐音(たうおん)の歌を、うたふ。をかしきものなり。

 鸛(こふのとり)[やぶちゃん注:底本では右に補正傍注があり、『(鶴)』とする。]は狐狸の類(るい)も窺(うあかが)ふこと、あたはず。二鸛、籠の中にありて、狐の來(きた)るを、はし[やぶちゃん注:「嘴」。]にて、指殺(さしころ)せしを見たり。

 おらんだの猿は、鼠色の如く、尾、殊に長く、卷(まき)て、背に、をさむる也。

 狗(いぬ)は「水犬(みづいぬ/すいけん)」を最上とす。菓子を與ふるは、胃を壞りて[やぶちゃん注:ママ。「壞(こわ)して」の誤記か。]、あし。鰹節に、飯にて、飼ふべし。

 つねの「ちん」は、生大(しやうだい)すれども、「水犬」は、いつも同じ事也。

 五色(ごしき)の鼠は、白鼠を染(そめ)たる物也。

[やぶちゃん注:「いんこ」オウム目オウム科 Cacatuidae のインコ類。当該ウィキを見られたい。後のオウムも含めてなら、私の「和漢三才圖會第四十三 林禽類 鸚䳇(あふむ) (オウム・インコ)」がある。なお、オウム・インコの本邦への渡来は、オウムとインコが区別されていなかったことから、時期の確定は難しい。詳しくは、国立国会図書館の「レファレンス共同データベース」の『日本におけるインコの歴史を知りたい。特に、日本にインコが入ってきた(輸入された)のはいつか、また、インコは最初からペット用として入ってきたのかが知りたい。』の回答の中にオウムを含めて史料・解説が示されてある。

「をし鳥」鳥綱カモ目カモ科オシドリ属オシドリ Aix galericulata 。私の「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鴛鴦(をしどり)」を見られたい。

「キウクワン」スズメ目ムクドリ科キュウカンチョウ属キュウカンチョウ  Gracula religiosa 。私の「和漢三才圖會第四十三 林禽類 秦吉了(さるか) (キュウカンチョウ)」を見られたい。

「鸛」→「鶴」とあるが、この訂正注には、その根拠に、甚だ、疑問がある。前者はコウノトリ目コウノトリ科コウノトリ属コウノトリ Ciconia boyciana 、後者はツル目ツル科 Gruidae のツル類となるが、コウノトリは本邦に「渡り」でやってくること、ツル類は留鳥の種が複数あるからである。私の「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鸛(こう)〔コウノトリ〕」、及び、「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鶴」を見られたいが、コウノトリも、ツル類(特に大型のツル目ツル科ツル属タンチョウ Grus japonensis 等)も、小型の哺乳類を捕食するから、「狐狸の類」の幼体・子どもならば、確実に捕獲すると考えられるからである。

「おらんだの猿は、鼠色の如く、尾、殊に長く、卷て、背に、をさむる也」尾長猿(オナガザル上科 Cercopithecoidea のオナガザル類。旧世界猿の主群)と推定される。磯野直秀先生の「明治前動物渡来年表」(『慶應義塾大学紀要』四十一号二〇〇七年三月発行。同大学「学術リポジトリ」のこちらPDFでダウンロード可能)によれば、元禄一三年十二月六日(グレゴリオ暦一七〇一年一月十七日)の条に、『徳川光圀没』とし、そこに彼が多数の外来種の動物を、多数、飼育していたことを記され、そこに『尾長猿』が、既に挙がっており、寛政元(一七八九)年六月の条に、『このときの蘭船が将来』した『鳥獣類』のリストがあり、その中にも、『尾長猿』三匹という記載がある。本書の執筆終了は寛政七(一七九五)年であるからである。

「水犬」不詳。紅殻氏のブログ「帝國ノ犬達」の「江戸時代の犬種・唐犬とムク犬」に、『農犬(のうけん・むくげいぬ。農はケモノ偏)』(最後の注は「㺜犬」)の項に、『ムク犬とは「体毛がふさふさした犬」のこと。現代ではどの品種に該当するか不明ですが、江戸時代の図譜では「狆とは別種の長毛犬」とされていました』。『ペキニーズやラサ・アプソのような唐犬なのか、朝鮮産のムクイヌなのか、ヨーロッパから来た小型テリアなのか。狆と共に輸出されたことで明治初期に姿を消してしまい、謎の存在となっております』。『習性は「よく水中に入」「水犬なり」』(☜)『と解説されており、ますます正体不明』とあり(引用画像有り)、『さまざまな文献に取り上げられているムク犬ですが、標本や遺物は残されていません』とあった。

「ちん」「狆」。「生類憐れみの令」で知られる徳川綱吉は、自身が大の愛犬家で、まさにこの狆を、百匹も飼い、駕籠で運ばせていた。]

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