譚海 卷之十 相州見えない村・上野國蛭池・江州百足山の事
[やぶちゃん注:この前話「越中國立山の事」は既にフライング公開してある。]
○相模國に「見えない村」と云(いふ)所有(あり)。此村、たいらか成(なる)所にして、四方に碍(さへぎ)る物なけれども、富士、一向、見えず。仍(よつ)て、村の名とす。他村にいたれば、富士、見えざる所、なし。異(い)なる事なり。
[やぶちゃん注:これは「富士隱」(ふじかくし)と呼ばれる現在の神奈川県相模原市緑区青根にある丹沢山地北部の、山梨県と神奈川県の境にある標高千五百八十七メートルの大室山(おおむろやま/ざん:グーグル・マップ・データ。以下、無指示は同じ)によって、富士山が遮られて「見えない」村落があることを指す。保坂健次氏のサイト「屋根のない博物館」の「ダイアモンド富士と富士隠し信仰」を見られたい。私は十回以上、登った。]
又、上州に淺間山につゞきたる山中に、「蛭池(ひるいけ)」といふあり。蛭、おびたゞしく、あり。人の、手を洗たる水を、板に、そゝぎて、池に、うかぶれば、蛭、人の氣を嗅(かぎ)て、板の上に、あつまる事、おびたゞしき事なり。
[やぶちゃん注:この範囲内と思われるが、「蛭池」は不詳。この吸血すると判断される蛭は、水中にいることから、顎ビル目ヒルド科チスイビル属チスイビル Hirudo nipponica に限定出来る。詳しくは、「和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 蛭」の私の注を参照されたい。]
又、江州、「百足山(むかでやま)」には、蜈蚣(むかで)おびたゞ敷(しく)ある事、いふばかりなし。五寸、或は、一、二尺に及ぶ物は、その邊(あたり)、田地にも住(すみ)て、農人、田にくだるを憚(はばか)る。過(あやまち)て、さゝるれば、はなはだ、苦痛する故なり。それほどの事故(ゆゑ)、百足山へは、むかしより、敢て、入(いる)ひと、なし。山は、鍋を、うつふせたるほどの、ひくき山なれども、松柏、いや、生(おい)にしげりて、是を伐(きる)る事、なし。
[やぶちゃん注:滋賀県野洲市三上にある三上山(みかみやま)。一般には「近江富士」の名で知られる。標高四百三十二メートル。ムカデが多いのではなく、藤原俵藤太秀郷による「大ムカデ」退治伝説が残ることから「ムカデ山」の異名も持つに過ぎない。]