譚海 卷之十一 本阿彌家來前川三右衞門幷高橋孫左衞門の事
○本阿彌家來に、前川三右衞門と云(いふ)者、有(り)。
先祖、正宗の刀を所持せしが、微碌して、刀をば、賣拂(うりはら)ひ、其刀の袋、殘りたるを、茶入にかけて、傳へたるを、高橋孫左衞門と云(いふ)者を呼(よび)て、茶を振𢌞(ふるまひ)たる時、孫左衞門、此茶入の袋を見て、昔織(むかしおり)にて、しほらしき物故(ゆゑ)、稱美せしかば、亭主、
「正宗の刀の袋にて有(あり)し。」
由、語りしに、孫左衞門、申(まうし)けるは、
「我等所持に、宗旦の作の「茶杓刀(ちやしやくとう)」と銘あるを持(もち)たり。此きれの殘りあらば、給(たまは)りて、茶杓の袋にすべき。」
由、所望せしかば、亭主も、
「『刀』とある茶杓の袋には、正宗の袋の『きれ』、いかにも。打(うち)あひて、よかりけり。」
とて、頓(やが)て、其切(そのきれ)を贈(おくり)しかば、高橋、悅(よろこび)に堪(たへ)ず、頓て、狂歌を讀(よみ)て、禮に送られたり。
持(もち)ふりし名のみ茶杓の竹みつも
きれのよさにて銘は正宗
と、いと入興(にうきやう)に及(および)し、とぞ。