譚海 卷之十 江戶本町藥店砒霜の事
[やぶちゃん注:「砒霜」は「ひさう(ひそう)」で、猛毒の砒素を含む有毒の鉱物。砒霜石。砒石。]
○江戶本町(ほんちやう)三丁目に、奈良屋市兵衞といふ藥種あきなふもの有(あり)。
それが家に、砥霜石(ひさうせき)を貯(たくはへ)たりけるが、毒氣なれば、かたく封じて、甕に入(いれ)、二階に置(おき)たるに、其家の手代、一人、放蕩成(なる)者にて、主人の引負(ひきおひ)[やぶちゃん注:商店の使用人等が、主人に代わって取引をして、その代金が滞ってしまい、主人に対して負債となることを言う。]をも、したゝかにしなし、勘定、立(たて)がたく、
「所詮、死(しに)ばや。」
と、おもひつめて、二階へ上り、此甕の封をひらき、砒石を、思ふまゝに嘗(なめ)けるに、一向、死(しぬ)事なく、左の脇に腫物(はれもの)出來(いでき)て、その口より、膿水(うみみづ)、おびたゞしく發し、旬日をへ、癒(いえ)けるが、元來、此手代、年來(としごろ)、瘡毒(さうどく)[やぶちゃん注:梅毒。]をやみたりしが、砥霜の毒に發漫(はつまん)して、瘡(かさ)の病氣、根を截(たち)て、いえける。「勿化調法」といふべしと、いへり。
[やぶちゃん注:「江戶本町(ほんちやう)三丁目」「江戸町巡り」のこちらによれば、現在の『中央区日本橋本町二・三丁目、日本橋室町二・三丁目、日本橋本石町二・三丁目』に相当し、『江戸期の本町は常盤橋から浅草橋に至る通りを挟んで位置し、現在の日本銀行から東へ昭和通りまでの区域に、江戸城側から一丁目から四丁目までがあった』とあるから、「江戸切絵図」と合わせてみたところ、この附近に相当する(グーグル・マップ・データ)。
「發漫」不詳。砒素が、強く薬として梅毒の症状に対反応して、広く悪血・悪水を体外へ排出することになったことを言っているか。]
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