譚海 卷之十一 手鑑のはじめにおす古い筆の事
○手鑑(てかがみ)のはじめには、聖武天皇と光明后宮の御筆を、並(ならべ)て張(ある)事、御夫婦の御筆(おんひつ)、傳(つたは)りたるを、祝儀に用(もちひ)る事、定(さだめ)たる例(ためし)也。
ある人の試筆(ためしふで)に、
手鑑や聖武皇帝明(あけ)の春
と、いへるも可ㇾ興(おこりなるべき)發句(ほつく)也。
聖武・光明の御筆、皆、經文ばかり有(あり)。聖武天皇は行書にて遊したるを、最上の物とす。
光明子(くわうめいし)は、「鳥のした繪」と讀(よみ)する物を第一とす。白紙に金泥にて、花鳥の繪を書(かかれ)たる物へ、墨にて、經文を書(かか)れたる物也。
聖武帝宸筆、紺紙金泥は、常に有(ある)物也。五色(ごしき)に染(そめ)たる紙に遊したる物、至(いたつ)て稀成(なる)ものとす。