譚海 卷之十二 草木賞玩盆花等の事
[やぶちゃん注:この「盆花」は「お盆に供える花」の意ではなく、「盆」栽として「賞玩」する「花」樹・草「花」を指している。]
○鉢植の物に「無雙花」[やぶちゃん注:底本では右に編者による補正注があり、『(佛桑花)』とある。「ぶつさうげ」(ぶっそうげ)と読む。]といふ花、甚(はなはだ)、見事成(なる)もの也。花形、「むくげ」に似て、紅(くれなゐ)の色、さながら、「もみ」[やぶちゃん注:「紅絹(もみ)」。紅花で染められたとされる鮮やかな紅色の生地。現在は紅花では殆んど作られていない。]の色の如し。薩摩より來(きたる)物也。暖國の物なれば、寒氣に堪(たへ)かねて、冬に至りて、多く、枯るゝ也。
是に次(ついで)では、「みせばや草(ぐさ)」といふ物、見事なり。
蘭の中には、「巖石蘭(ぐわんせきらん)」といふ物、鉢うえ[やぶちゃん注:ママ。]にして、翫(もてあそ)ぶべきものなり。葉に、白き星の文(もん)あり、「金星草(きんせいさう)」のたぐひなり。よく茂生(もせい)するものにて、花は、三月の頃、ひらく。花形、蘭のごとし。
又、「松葉蘭」といふものあり。土に植(うゑ)ては枯るゝ也。「忍ぶ土(づち)」といふ物、「植木や」にあり、夫(それ)にて、ううる也。是は、土にあらず、古き木の腐れたるを、細末にしたる物なれば、夫にて、ううれば、能(よく)たもつ也。日のあたる所を、いむ。只、室中(へやうち)の盆翫(ぼんぐわん)に、そなへて、時々、水をそゝぐ時は、茂生す。幽致、いはんかたなき物也。
又、「絲石菖(いしせきしよう)」といふ物、有(あり)。葉の長さ、一、二寸也。葉の細き事、絲の如し。香爐に、うえて、几上(きじやう)に置(おく)べし。甚(はなはだ)、佳景なり。
此二種、皆、薩摩より來(きた)る。「松葉蘭」は、近來、遠州よりも來る。深山の石上(せきしやう)に生(おゆ)るものと、いへり。
「麒麟角」は、火災を、よくるよし。琉球にては、生垣にうえ付(つけ)てあり。暖國故、よく生長すると覺えたり。此邦(このはう)[やぶちゃん注:日本。]にては、寒中、「むろ」に入(いれ)、よく圍(かこ)ひ置(おか)ざれば、たもちがたし。
「さぼてん」も、暖地ならでは、花の咲(さく)ほどには、長ずること、かたし。
「あたん」・「緋桃桐」抔といふ物も、皆、冬は、「むろ」に入るなり。水の出ざる赤土のむろならでは、たもちがたし。「もみのから」にて、かたく、つめて、かこひ置(おき)、春、暖(あたたか)に成(なり)て取出(とりいだ)しみれば、枯(かれ)しほれたる根に成(なり)てあるを、たびたび、水をそゝぎ、晝は、日のあたる所に出(いだ)し養へば、靑き色に歸り、花、咲(さき)、長(ちやう)ずるなり。「むろ」のやしなひ、誠に、むづかしき事なり。
[やぶちゃん注:「無雙花」→「佛桑花」アオイ目アオイ科アオイ亜科フヨウ連フヨウ属ブッソウゲ Hibiscus rosa-sinensis 。当該ウィキによれば、『中国南部原産の説やインド洋諸島で発生した雑種植物であるとの説もあるが、原産地は不明である。本土への渡来は、慶長年間』(一六一〇年頃)『に薩摩藩主島津家久が琉球産ブッソウゲを徳川家康に献じたのが』、『最初の記録として残っているという』とある。
「みせばや草(ぐさ)」バラ亜綱バラ目ベンケイソウ科ムラサキベンケイソウ属ミセバヤ Hylotelephium sieboldii 。当該ウィキによれば、『古典園芸植物の一つであり、玉緒(たまのを)とも呼ばれる』。『和名は「見せたい」という意味の古語が変形したもので、高野山の法師が詠んだ和歌にちなんでいるといわれている』。『古くから園芸用に栽培されているものが日本全国各地に見られ、それらが逸出し』、『群馬県などで野生化している。栽培逸出でないと考えられているのは、香川県小豆島の寒霞渓のみであったが、近年』、『奈良県内で別の自生地が発見された。変種まで含めると、エッチュウミセバヤ』(ベンケイソウ属ベンケイソウ変種エッチュウミセバヤ Hylotelephium eboldii var. ettyuense )『が富山県の河川上流の山岳地帯に見られる』。『命名が高野山に由来していることなどから、古くはもっと広い地域に分布していたと考えられる。日本国外では、中国湖北省に変種と考えられる株の自生が確認されている。その他同属の近縁種が東アジアの山岳の岩塊地帯に多く見られる』とあった。
「巖石蘭」単子葉植物綱ラン目ラン科ガンゼキラン属ガンゼキラン Phaius flavus 。当該ウィキによれば、『常緑樹林内の地上に生える地性ランで、地表には偽球茎が並ぶ。偽球茎は卵形で高さ』三センチメートル『にもなる。葉は数枚が偽球茎の先端から伸びる。その基部は葉鞘状に巻いて少し伸び、先端で葉身が分かれ、大きいものは高さ』五十センチメートル『程に伸びる。葉は楕円形で大きく、少し縦しわがある』。『花は初夏に咲く。偽球茎の基部の横から花茎が伸び、葉の上近くまで出て十数個前後の花を穂状につける。花は鮮やかな黄色。花弁はやや細長く、全体に筒状に咲いて花びらは広がらない。唇弁には縦じわが多く、やや赤みが濃くなっている』。『日本国内では本州では静岡県と紀伊半島、およびそれ以南の四国と九州、伊豆諸島と琉球列島に分布し、国外では台湾からフィリピン、マレーシア、インドに分布する』。『古くからエビネ類』(ラン科エビネ属 Calanthe )『とともに観賞用に栽培された。花も喜ばれるが、葉が黄色い水玉模様の斑入りになる株があり、これもよく栽培された。この斑入りのものを特にホシケイランと呼ぶ』。『ただし』、乱獲『採集が行われたために、現在では日本国内では野生株を見るのは』、『困難な状況にある』。『性質は強健であるが、凍結させると株が弱ってしまう。また、乾燥を嫌う』とあった。但し、底本の竹内利美氏の後注では、『石蘭。ヒトツバの漢名。常緑の羊歯類の一種で、ともに観賞用に栽培された』とある。これは、シダ植物門シダ綱ウラボシ目ウラボシ科ヒトツバ属ヒトツバ Pyrrosia lingua で、当該ウィキによれば、『比較的』、『乾燥した場所に生える着生植物で、岩や樹皮上に生えるが、地上を覆うこともよくある。匍匐茎は針金状で硬くて長く伸び、あちこちから根を出す。表面には盾状の鱗片がつく。匍匐茎からはまばらに葉が出て、葉は立ち上がり気味で、高さ』は、三十~四十センチメートルに『なる。葉は』、『はっきりした柄を持った楕円形の単葉』で、『葉は厚手で、やや硬い革質で』あり、『表面は一面に細かい星状毛で覆われ、毛羽だって見える。基部には長い葉柄がある』。『葉は厚みがあって硬く革質、表面には星状毛を密生しているので毛羽立って見え、黄緑色。新芽は毛がはっきりしていて白く見える。形は楕円形から卵状楕円形』で、『胞子のう群は』、『すべての葉につく訳ではない。胞子葉が特にはっきり分化してはいないが、胞子のつく葉の方がやや背が高くなり、葉の幅が狭くなる傾向はある。胞子のう群はほぼ半球状で、互いに寄り合って、葉の裏面に一面につく』。『日本では関東以西の本州から琉球列島に分布する。やや乾燥した森林内に多く、岩の上や樹木の幹に着生する。特にウバメガシ林では林床に密生することがある。国外では朝鮮半島南部、中国(揚子江以南)、台湾からインドシナに分布する』。『着生植物として栽培鑑賞するには』、『やや大柄すぎるのか、あまり利用されない。また、人家の庭などに出現することも多くない』。『しかし、葉の変わりものは山野草のひとつとして栽培されてきた』とあった。私のガンゼキランと、このヒトツバのどちらが正しいかは、私は植物には冥いので、自信はない。しかし、盆栽として楽しむのであれば、私はガンセキランの方が相応しいとは思う。
「金星草」栗葉蘭(くりはらん:シダ植物門シダ綱ウラボシ目ウラボシ科クリハラン属クリハラン Neocheiropteris ensata )又は「三手裏星(みつでうらぼし:ウラボシ科ミツデウラボシ属ミツデウラボシ Selliguea hastata )」の古名。前者は当該ウィキによれば、『いくつもある単葉の葉を持つシダのひとつで、日本産のものの中では』、『やや大柄な方に属する。地上から立ち上がる葉をつけ、その質が薄いが堅くてつやがある点で、かなり目立つシダである』。『地上に生えるか、岩の上に着生状に出る。根茎は細長く這い、鱗片があり、ややまばらに葉をつける』。『葉は長さ』三十~七十センチメートル『位になり、そのおよそ三分の一くらいが葉柄である。葉はほぼ立ち上がり、先端がやや斜めになる。葉身はほぼ披針形で先端は鋭尖頭、つまり』、『やや細く突き出す。葉身の基部の方では葉身が葉柄に流れ、葉柄にヒレが出たようになる』。『葉身は薄く、紙質で、触るとぱりぱりしたような感触がある。主軸は表裏の両側に盛り上がり、側脈の主なものもはっきりと刻まれたように見える。表面には密着した鱗片がある。胞子嚢群はほぼ円形で、主脈の両側にやや不規則に数列にわたってつき、ほぼ葉全体にわたるが、縁沿いにはつかない』。『名前の由来は薄くて側脈がはっきりした葉の感じがクリの葉に似るため。別名をウラボシ、ホシヒトツバとも言う』。『森林内の木陰の岩の上に生える。特に湿ったところが好みで、水のあるところに出現することが多い。水流の少ない渓流わきや、時には用水路にも出てくる。条件がよければ人里近くの茂みの下などでも見られる。大柄でかたまりになって生えるのでよく目立つ』。『日本では本州の関東以西、九州までと沖縄本島に生育し、アジアでは朝鮮(済州島)、台湾、中国からインドにかけて分布する』。但し、『この種は変異が多く、いくつかの変種や種が記載されているが、それらの扱いについては判断が確定していないようである。国外の近縁種についても分けるべきかどうかの議論があ』り、『奇形もいくつか知られて』いる』とあり、後者は当該ウィキによれば、『日本では』、『この属で最も普通に見られる種である。名前は葉が大きく三つに裂けることから。ただし、十分成長しないとこの形にならない』。『葉は単葉』で、『茎はやや太くて横に這い、針金のような根を出して岩に固着する。茎の表面は密生する褐色の鱗片に覆われる。まばらに葉をつける』。『葉は長い葉柄を持ち、大きいものでは葉柄は』二十センチメートル『以上、葉身は』三十センチメートル『以上に達するが、たいていは全体で』二十センチメートル『位までである』。『葉柄は細くて硬く、褐色で基部は黒みを帯び、全体につやがある。葉全体の長さの半分近くを葉柄が占めている』。『葉身は単葉だが、成長すると基部で大きく三裂する。分裂しない場合は全体は披針形で鋭尖頭、つまり』、『基部の方が幅広い楕円形で、先端はやや細く伸びる。分裂する場合は基部から左右に大きく裂片が突き出る。左右の裂片は中心となる葉ほどは長くならず、左右やや斜め先端方向に出る。葉質は薄くて硬く、表面は緑で多少つやがある』。『胞子嚢群は葉の裏側、主脈に沿って左右に一列をなして配置する。個々の形は円形で、やや主脈に近い位置にある』。『日本では北海道南西部から琉球列島にかけて分布し、この類では最も目にするものである。国外では朝鮮南部、中国、台湾、フィリピンに産する』、『各地の低山で岩の上などに付着して見られる着生植物である。苔の生えた岩の上に出るが、結構』、『道端でも見かける』とあった。
「松葉蘭」シダ植物門マツバラン綱マツバラン目マツバラン科マツバラン属マツバラン Psilotum nudum 。当該ウィキによれば、マツバラン科 Psilotaceaeでは、『日本唯一の種で』、『日本中部以南に分布する』。『茎だけで葉も根ももたない。胞子体の地上部には茎しかなく、よく育ったものは』三十センチメートル『ほどになる。茎は半ばから上の部分で何度か』二『又に分枝する。分枝した細い枝は稜があり、あちこちに小さな突起が出ている。枝はややくねりながら上を向き、株によっては先端が同じ方向になびいたようになっているものもある。その姿から、別名をホウキランとも言う。先端部の分岐した枝の側面のあちこちに粒のような胞子のうをつける。胞子のう(実際には胞子のう群)は』三『つに分かれており、熟すと黄色くなる』。『胞子体の地下部も地下茎だけで根はなく、あちこち枝分かれして、褐色の仮根(かこん)が毛のように一面にはえる。この地下茎には菌類が共生しており、一種の菌根のようなものである』。『地下や腐植の中で胞子が発芽して生じた配偶体には葉緑素がなく、胞子体の地下茎によく似た姿をしている。光合成の代わりに多くの陸上植物とアーバスキュラー菌根』(arbuscular mycorrhiza)『共生を営むグロムス門の菌類と共生して栄養素をもらって成長し、一種の腐生植物として生活する。つまり他の植物の菌根共生系に寄生して地下で成長する。配偶体には造卵器と造精器が生じ、ここで形成された卵と精子が受精して光合成をする地上部を持つ胞子体が誕生する』。『日本では本州中部から以南に、海外では世界の熱帯に分布する』。『樹上や岩の上にはえる着生植物で、樹上にたまった腐植に根を広げて枝を立てていたり、岩の割れ目から枝を枝垂れさせたり』、『といった姿で生育する。まれに、地上に生えることもある』。『日本ではその姿を珍しがって、栽培されてきた。特に変わりものについては、江戸時代から栽培の歴史があり、松葉蘭の名で、古典園芸植物の一つの分野として扱われる。柄物としては、枝に黄色や白の斑(ふ)が出るもの、形変わりとしては、枝先が一方にしだれて枝垂れ柳のようになるもの、枝が太くて短いものなどがある。特に形変わりでなくても採取の対象にされる場合がある。岩の隙間にはえるものを採取するために、岩を割ってしまう者さえいる。そのため、各地で大株が見られなくなっており、絶滅した地域や、絶滅が危惧されている地域もある』とあった。
「忍ぶ土」ネット上ではここに書かれたようなものは、確認出来ない。
「絲石菖」単子葉植物綱ショウブ目ショウブ科ショウブ属セキショウ Acorus gramineus ととってよいか。「絲」は美称であろう。
「麒麟角」トウダイグサ科トウダイグサ属キリンカク Euphorbia neriifolia 。Shu Suehiro氏のサイト「ボタニックガーデン」のこちらで、解説と画像が視認出来る。そちらによれば、『おそらくはインドの中部から東部、南部が原産です。現在では、他の熱帯地域で観葉植物として栽培されています。よく分枝し、耐乾性植物で多肉質』、二~六『メートルの高さまで成長します。主幹や大きな枝は丸く、比較的若い小枝には』五『稜があります。葉は卵形や長楕円形、または』、『へら状で、枝の先端につきます。花は小さな杯状花序で、』二『月から』三『月に咲きます。花冠は存在しませんが、総苞には』二『個の』、『ほぼ円形から卵形の、長さ』三~七ミリメートルの『真っ赤な花苞があります』とあった。
「さぼてん」ナデシコ目サボテン科 Cactaceae。当該ウィキによれば、『日本には』十六『世紀後半に南蛮人によって持ち込まれたのが初めとされている。彼らが「ウチワサボテン」の茎の切り口で畳や衣服の汚れをふき取り、樹液をシャボン(石鹸)としてつかっていたため「石鹸のようなもの」という意味で「石鹸体(さぼんてい)」と呼ばれるようになったとする説が有力』『であり』、一九六〇『年代までは「シャボテン」と表記する例もあった』とある。
「あたん」単子葉植物綱タコノキ目タコノキ科タコノキ属アダン Pandanus odorifer であろう。当該ウィキによれば、『亜熱帯から熱帯の海岸近くに生育し、非常に密集した群落を作る。時にマングローブに混生して成育する』。『日本では南西諸島の内、トカラ列島以南、奄美大島、沖縄の沿岸域に分布する』。『中国南部や東南アジアにも見られる』。『亜熱帯から熱帯の海岸に生える』とある。
「緋桃桐」不詳。思うに「桐」は「桃」に引かれた衍字ではあるまいか? 「緋桃」なら、バラ目バラ科サクラ属(スモモ属)ハナモモ Prunus persica で、当該ウィキによれば、『原産地は中国。花を観賞するために改良されたモモで、花つきがよいため、主に花を観賞する目的で庭木などによく利用される。日本で数多くの品種改良が行われ、種類が豊富。観賞用のハナモモとして改良が行われるようになったのは江戸時代に入ってからで、現在の園芸品種の多くも江戸時代のものが多い。サクラの開花前に咲くことが多い』。『桃の節句(雛祭り)に飾られる。結実するが実は小さく、食用には適さない』とある。]