譚 海 卷之十三 繪絹寸尺の事 耳かきの事 籠細工の事 刄がね火打の事 紙子の事 蓑の事 雪沓の事 桂籠の事 龍吐水幷水汲送る道具の事 竹一節に食物の粉三種たくはふる事 螢を竹の筒に集る事 石燈籠苔を作る事 行燈とうしんの事 居間座敷の事 書架の事 鼻緖途中にて切れたる時用意の事
○繪絹寸尺の事、壹尺二寸・壹尺ハ寸・貳尺・貳寸五分と四通り程、有(あり)。
三幅對には、一尺二寸、よし。
竪物(たてもの)にても、橫ものにても、一幅には一尺八寸、よし。
大橫ものには、二尺二寸、よし。
たうし竪(たて)一枚程のものには、二尺五寸、よし。
[やぶちゃん注:「たうし」「唐紙」か?]
○耳搔(みみかき)は大坂にて製したる、よし。價(あたひ)、廉(やすき)成(なる)ものといへども、先(まづ)、能(よく)こしらヘて耳の垢をすくひとるに、痛む事、なし。
○籠細工は駿府よりも、攝州有馬の產、よし。且(かつ)、制作も、風流。駿河より出すものに、勝れり。
○火打刄がねは、京都淸水坂より制し、いだすもの、勝れて、よし。
○紙子は、仙臺より製しいだすといへども、最上なるは、肥後の八代(やしろ)に勝るもの、なし。上品なるは、已に絹のごとし。
○蓑は、羽州秋田にて製する、精密にて、吉(よし)。加賀の產を稱すれども、風流には然るべし。平日用には、秋田、勝れり。
○雪沓(ゆきぐつ)は、出羽山形の產、よろし。油紙を、足の「そこ」の、ふむ所にも、つけて、寒氣、通らぬやうに拵(こしらへ)たるもの也。
○花生(はないけ)に「桂籠(かつらかご)」といふ有(あり)。是、山州桂川にて、鮎を取(とり)て入(いる)る籠也。
[やぶちゃん注:「桂籠」本来は、山城国桂川の鮎漁に用いたところから言うとされる、鮎を入れるための籠、鮎籠を指したが、その「鮎籠」を、茶人千利休が応用した花入れの一つの名となった。]
○龍吐水(りゆうどすい)、近來、大坂にて製し出(いだ)す。殊に工(たくみ)を極(きはめ)たり。
又、井(ゐ)の水を、くみあぐるやうに製(せいし)たる、有(あり)。大竹を一本、井に入(いれ)、竹の上に箱を仕付(しつけ)て、傍(かたはら)に、人、有(あり)て、箱につくり添(そへ)たる木を、ゆりあぐれば、井の水、卷上(まきあげ)られて、つるベを用(もちい)ずして、自由に、くみとらるゝやうに、「からくり」たるもの也。「一人がかり」・「二人がかり」といふ。「一人がかり」は七拾五匁、「二人がかり」は九拾匁程のあたひ也。
又、庭へ、水をうつ如露(じようろ)の製にも數品(すひん)あり、甚敷(はなはだしき)は、雨を、ふらするがごとし。
○竹、一節の間に、穴、三つ有(あり)。
胡椒・たうがらし・陳皮(ちんぴ)など、三種、別々に入置(いれおく)製は、竹、一ふしぎりに、穴を、三つ有(あけ)、先(まづ)、一つの穴へ、細かに篩(ふるひ)たる灰を、三分一(さんぶのいち)、つめて、中の穴より、蠟を、わかして、少し、つぎこみ、蠟のかたまるを待(まち)て、蠟を取出(とりいだ)し、又、片々(へんぺん)の穴へ灰をつめ、中の穴より、蠟を、つぎ込(こめ)ば、竹一ふしの内、蠟にて、三つのへだて、出來(いでく)る也。其後、能々(よくよく)、竹の内を、水にて、あらひ、灰を除き盡して、何にても、三種の物を、別々に入置(いれおき)、用あるときは、其穴より、ふるひ出して用ゆる也。
○螢を靑竹の内に入(いれ)て、光、外へ通りて見ゆるやうにするには、靑竹の皮を、「すべりひやう」と云(いふ)草の汁にて、何べんも、すりみがく時は、竹の皮、すきとほりて、螢の光り、外へ、みゆる也。
[やぶちゃん注:「すべりひやう」名前の類似性からは、我が家の猫の額ほどの庭にも蔓延るナデシコ目スベリヒユ科スベリヒユ属スベリヒユ Portulaca oleracea を想起するが、根を除く部分が総て食用になる(なかなか旨い)ことは知っているが、竹を摺り磨くというのは知らなかった。先日、家の斜面に鬱蒼と生えていた竹(黒竹を含む)をさんざん伐採したから、今度、やってみようと思う。]
○石燈籠へ、早く苔を付(つけ)んとするには、冬月、落葉をあつめ、膠(にかは)にて、石の笠の上に、落葉、付置(つけおく)べし。落葉、風雨にくさりたる跡、苔を生ずる也。
○行燈(あんどん)の「とうしん」は、二、三夜づつ、取替(とりかへ)ずして、用ゆべし。あたらしきを、かへ、用(もちゆ)る時は、油へる事、おほし。
○行燈をば、繪樣(ゑざま)に漉(すき)たる美濃紙にて、はるべし。席上の淸翫(しんぐわん)、捨(すつ)べからず、白き紋、「しや」[やぶちゃん注:「紗」。]の切(きれ)にても、張る。
○居間の座敷には、四壁に物を懸(かけ)て用に備(そなふ)べし。用ある時は、竹の先ヘ、鍵を仕付(しつけ)たるものにて、かけて取(とる)べし、起居を煩(わづらは)さず、又、綱に、鈴をかけて、人を呼(よぶ)べし。聲色(せいしよく)を勞(らう)せずして、よし。
○書を架する棚は、板に造るとも、格子にすべし。風、通りて、書籍、蟲ばむ事、なし。
○常に「はりがね」を二尺ほど、なまして懷中すべし。途中にて下駄・足駄の緖(を)、きるゝ時、つなぎとむるに便宜(べんぎ)也。又、麻の「かなびき絲(いと)」、二寸針、壹本、そへて、懷中するも、よし。
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