譚 海 卷之十三 和歌に詠ずる草木の事
○和歌に詠ずる所の「夕がほ」は、「へうたん」の花也。
「かづら」と稱するものは、「もくせい」の事也。
「あふち」と稱するは、「せんだん」の事也。
荻は、薄と同物にて、わかちがたし。
「はゝそ」といへるは、「小なら」の事也と、いへり。
「はじ」といへるは、「はぜ」といふ木の、紅葉せる也。
「梶」と云(いふ)は、紙に製する「かぞ」と云(いふ)木の事也。
「さるなめり」と詠(えい)ずるは、百日紅(さるすべり)の事也。
「からすあふぎ」といへるは、胡蝶花(こてふくわ)の事也。
「ぬるで」といへるは、「うるし」の木を稱すると、いへり。
「まゆみ」とよめるは、「にしき木」の事也と、いへり。
「楸(ひさぎ)」と云(いへ)るは、「くさ木」とて、紙にすく木也。
[やぶちゃん注:詠ぜられた和歌は、どうぞ、ご勝手にお調べあれ。私は発句好きの短歌嫌いであるからして。
「夕がほ」「夕顏」。
「へうたん」「瓢簞」。
『「かづら」と稱するものは、「もくせい」の事也』「もくせい」は「木犀」だが、モクセイの異名を「かづら」というのは知らない。何か錯誤があるか。
「あふち」「楝」。
「せんだん」「栴檀」。
「はゝそ」柞。この語はコナラ(小楢)の古名とも、広義のナラ・クヌギ類の総称ともされる。
「はじ」「櫨(はぜ)」の転訛。ウィキの「ハゼノキ」によれば、『俳句の世界では秋に美しく紅葉するハゼノキを櫨紅葉(はぜもみじ)と』呼び、『秋の季語としている』とあるので、その縮約であろう。
『「梶」と云は、紙に製する「かぞ」と云木の事也』ウィキの「コウゾ」によれば、『コウゾは、ヒメコウゾとカジノキの雑種』(交雑種)『という説が有力視されている』(学名もバラ目クワ科コウゾ属コウゾ Broussonetia × kazinoki 。)『本来、コウゾは繊維を取る目的で栽培されているもので、カジノキは山野に野生するものであるが、野生化したコウゾも多くある』。『古代においては、コウゾとカジノキは区別していない』とあった。
『「さるなめり」と詠ずるは、百日紅の事也』「サルスベリ」は漢字では「猿滑」と書いちて、 「サルスベリ」以外に「サルナメリ」の読みの異名がある。
『「からすあふぎ」といへるは、胡蝶花の事也。』亡き母の好きだった単子葉植物綱キジカクシ目アヤメ科アヤメ属シャガ Iris japonica の異名。「胡蝶花」は同種の中文名であるから、よいが、「からすあふぎ」は「烏扇」で、同種ではなく、キジカクシ目アヤメ科アヤメ属ヒオウギ Iris domestica のことであるから、誤りである。
『「ぬるで」といへるは、「うるし」の木を稱すると、いへり』誤り。「ぬるで」はムクロジ目ウルシ科ヌルデ属ヌルデ変種ヌルデ Rhus javanica var. chinensi を指し、「うるし」はウルシ科ウルシ属ウルシ Toxicodendron vernicifluum で、同じウルシ科 Anacardiaceaeではあるが、全くの別種である。ウィキの「ヌルデ」によれば、『和名「ヌルデ」の由来は、かつて幹を傷つけて白い樹液を採り、漆のように器物の塗料として使ったことから「塗る手」となり』、『転訛したとされる』とある。
『「まゆみ」とよめるは、「にしき木」の事也』厳密には現行では誤りである。「まゆみ」は「檀」「眞弓」で、ニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属変種マユミ Euonymus sieboldianus var. sieboldianus で、「にしき木」は「錦木」で、同じニシキギ属ではあるが、ニシキギEuonymus alatus であって、別種である。
「楸(ひさぎ)」これは、一説にキササゲ(木大角豆・楸・木豇:シソ目ノウゼンカズラ科キササゲ属キササゲ Catalpa ovata )、一説にアカメガシワ(赤芽槲・赤芽柏:キントラノオ目トウダイグサ科エノキグサ亜科エノキグサ連アカメガシワ属アカメガシワ Mallotus japonicus )というが、未詳である。以上の二種は紙漉きの材料にはならない。
「くさ木」「臭木」。枝や葉などを傷つけると、不快な強い臭気があることによる和名である。シソ目シソ科キランソウ亜科クサギ属クサギ変種クサギClerodendrum trichotomum var. trichotomum 。私も富山にいた頃、好んで山間部の跋渉をしたが、藪コギで、こやつに出くわすと、トンデモない臭さに悩まされた。調べたところ、このクサギの方は、確かに紙漉きに使用される。]
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