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2024/04/13

譚 海 卷之十三 葛もち加減の事 ところの粉の事 薩州そてつ餅の事 かたくりの事 山藥幷長いもの事 ねり柹うゑを助くる事 竹の實もちとなす事 そば飯の事 麥湯の事 胡椒にむれたるを治する事 餅のんどへつまりたるを治する事 五辛をくひて口氣のくさきを去方の事 からしねる事 鰹節けづる事 かんぴうこしらへの事 れいしの事

[やぶちゃん注:「目錄」の「山藥」は「サンヤク」で「山芋」の漢方名である。「かんぴう」はママ。]

 

○葛餅をねるには、茶碗に、葛の粉一盃、水三盃にて、よく出來る也。おほく拵(こしらへ)るも、此加減にすべし。

 

○天明七年、初(はじめ)て、「ところ」の根を製して、葛の如く用(もちゆ)る事を始(はじめ)たり。上・中・下、三品、有(あり)、上品の物は、葛の粉(こ)に、かはる事、なし。今年、飢饉に付(つき)て、常人、官ヘ訴へ、製法を弘(ひろ)く傳授する事也。

[やぶちゃん注:「ところ」ここは広義のヤマイモ類を指す。]

 

○薩摩に「蘇鐵餅」といふもの有(あり)。其國、そてつ樹、多き故、その實を取(とり)て製したるもの也。

「餅一つを、くふ時は、一日の食に當(あた)る。」

と、いへり。その家にては、

「兵粮(ひやうらう)に、たくはへ、三年に一度、取(とり)かふ事。」

とぞ。そてつの實、樹の「しん」の「きは」に有(あり)、「しん」を、ひらけば、ことごとく、實、付(つき)て有。

[やぶちゃん注:「そてつ樹」裸子植物上綱ソテツ綱ソテツ目ソテツ科ソテツ属ソテツ Cycas revoluta 。但し、同種は幹や種子には多くのデンプンが貯留しているが、同時に有毒なサイカシン(cycasin)やL-アラニン誘導体であるβ-メチルアミノ-L-アラニン(=BMAA)を含むため、何度も水にさらして、それらを分離除去しなくてはならず、除去が不完全だと、死に至る。実際に琉球では、救荒食として古くからあったが、その処理の不備で、有意に多くの人々が亡くなり、「ソテツ地獄」と呼ばれた過去がある。]

 

○「かたくり」、腹瀉(はらくだし)を、能(よく)、治す。茶碗の内にて、「そばこ」をねる如くすれば、能(よく)、かたまり、出來(いできた)る也。砂糖を、くはへて、用ゆ。腹瀉を治するには、葛餅も又、よろし。

 

○山藥(さんやく/やまいも)を燒(やき)て服すれば、又、能、飢(うゑ)を、たすく。外の野菜は久敷(ひさしく)服すれば、なづむものなれども、「長いも」は、日日(ひび)服して、なづむ事、なし。

「燒たるは、殊に、よし。」

と、いへり。

 「長いも」を。水にて洗ひたるまゝ、紙に包(つつみ)て、あたゝか成(なる)灰の中に埋(うづ)め、上より、火にて蒸(むす)べし。熟して後(のち)、灰の中より取出(とりいだ)し、紙を、さり、燒鹽(やきじほ)にて、もちゆ。食(しよく)に、かふべし。

[やぶちゃん注:「山藥」「長いも」は、この場合は食用になる広義のヤマイモ類(分類学的には単子葉植物綱ヤマノイモ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属 Dioscorea に属する種の内の有毒種でない種となるが、有毒種でも適切な処理すれば、食用にしうる種もある)を指す。

「食」主食。]

 

○ねり柹、又、飢(うゑ)を助(たすく)るには、比類なきものの、よし。

「朽腹[やぶちゃん注:底本では「朽」の右に補正注があり、『(空)』とある。「すきはら」。空きっ腹(ぱら)。]に成(なり)たる時、壹つ、二つ、くへば、半日、食を思ふ事なし。」

とぞ。

 

○「竹に生(おい)たる實を粉(こ)にして、團子に、つくり、くふべし。飢饉には、『とちのみ』と、ならびて、功あり。」

と、いへり。

[やぶちゃん注:「竹に生たる實」先行する「竹の實の事」の本文及び私の注を参照されたい。]

 

○蕎麥(そば)を「から」を脫(はが)し、丸のまゝにて、飯に焚(たき)て、服す。せうゆ[やぶちゃん注:ママ。「醬油」の歴史的仮名遣は「しやうゆ」が正しい。]の汁にて、そば切(ぎり)のごとく用ゆ。一品(いつぴん)異成(いなる)もの也。

 

○麥を、丸のまゝにて、いり、湯に入(いれ)て、「麥茶」と稱し、用ゆ。

 「うこぎ」の葉ばかりをも、ほし、かはかして、茶に用ゆべし。

[やぶちゃん注:「うこぎ」バラ亜綱セリ目ウコギ科ウコギ属 Eleutherococcus は多くの種があるが、本邦に広く植生するのはウコギ属ヤマウコギ変種ヤマウコギ Eleutherococcus spinosus var. spinosusである。ウィキの「ヤマウコギ」によれば、北海道と本州に植生するという説以外に、岩手県以南の本州と四国に広く分布するという説がある、とある。]

 

○胡椒の粉にむせたるは、打捨置(うちすておけ)ば死に至る也。胡麻の油を、一雫、飮(のむ)時は、立(たち)どころに治する也。

 

○餅を、くひて、のどへつまり迷惑するには、「おはぐろ」の水、少しばかり、のむべし。そのまゝ吐逆(とぎやく)して治する也。

 

○葱・「にんにく」の類を食して、口氣(こうき)、くさきには、飴を、一つ、くひて、水一ぱい飮(のむ)時は、口氣、うする也。又、「なんてん」の葉を、せんじて、その湯を飮(のむ)ときは、くさみ、うすると、いへり。

 

○「からし」の粉をねるには、水にて、かたく、ねり、其上へ、紙を、おほひ、ゆを一ぱい、つぎ、その湯へ、炭火を、いくつも落して、扨(さて)、湯をも、炭をも、捨去(すてさ)て、その「からし」のまゝ、器を、盆に移しおくべし。よく、からしの氣を生ずる也。

 

○鰹節、細(こまか)に、けづらんとならば、瀨戶物の、かけたるを求(もとめ)て、そのわれたる角(かど)ある所にて、けづるべし。

 

○「かんぴやう」を拵(こしらへ)るは、夕顏の實を、輪切にして、右の手に「ゆふがほ」をもち、左の手に、小刀を、あてたるばかりにて、右の手を、まはしまはしして、むく也。左を動(うごか)すときは、「かんぴやう」、厚薄(こうはく)、出來て、あしく、小刀は、かみそりを、ひらめて拵ると、いへり。

 すべて、柹をむくも、左の手、うごかすべからず。

 

○「れいし」、器に、たくはへて、茶菓子に供すべし。龍眼肉よりは、肉、多くして、よろし。

 嶺南の「橘皮(きつぴ)」といふもの、蜂蜜に漬(つけ)たる有(あり)、小口より切(きり)て、菓子に用ゆ。皆、佳品なり。

[やぶちゃん注:「れいし」「茘枝」。中国の嶺南地方原産の双子葉植物綱ムクロジ目ムクロジ科レイシ属レイシ Litchi chinensis の果実は、表面は皮革で、赤い鱗状の棘を持つ(新鮮な物ほど、棘が鋭い)。レイシの実は夏に熟し、その果皮を剝くと、白色半透明の多汁果肉(正しくは仮種皮(種子の表面を覆っている付属物)であって、狭義の意味での「果肉」ではない)があって高級な果物とする。

「嶺南」は中国の南部の「五嶺」(南嶺山脈)よりも南の地方を指す。現在の広東省・広西チワン族自治区・海南省の全域と、湖南省・江西省の一部に相当する。部分的には「華南」と重なっている地域がある。参照した当該ウィキ地図を見られたい。

「橘皮」(キッピ)はミカン科のタチバナやウンシュウミカンなどの成熟果実の果皮を乾燥したもので、漢方では、理気・健脾・化痰の効能があり、消化不良による腹の張りや、吐き気、痰多くして胸が苦しい際に用いられる。]

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