南方熊楠「江ノ島記行」(正規表現版・オリジナル注附き) (6)
[やぶちゃん注:底本・凡例等は「(1)」を参照されたい。]
奧津宮以下を窟道と云ふ。店頭拳螺[やぶちゃん注:「さざえ」。]を燒き茶をすゝむるもの數軒、余一店に入り望遠鏡を以て南方を覘ふに、一岩傑然波上に兀出す[やぶちゃん注:「ごつしゆつす」。]。是れ烏帽子岩と名く。その距離三里なりといふ。此邊形勝頗る佳なり。其島の東南に斗出[やぶちゃん注:「としゆつ」。]せるの地、これを三崎となす。伊豆大島亦見るべし。稍下りて常夜燈の碑有り。又下りて海崖に至る。大磐平卧して擴布甚廣きものあり、まないた岩と呼ぶ。是よりさき、岩石突兀、行步注意を要す。遂に岩屋に入る、入る事一町許り人あり、神符を賣り又燈を具して人に貸す。こゝにて手を洗ひ燈を點して進行す。洞の大さ進むに從て漸く減じ、遂に頭を注意するを要するに至る。左右小祠多し。一々名を聞たれども悉く記せず。窟の衝く所に辨天祠有り、卽ち役小角乃祭る所にして此島の本神なり。入り口より此に至る二町二間[やぶちゃん注:二百二十一・八二メートル。]という。他の一道を經て出で手を洗し所に至り遂に洞口に出で歸る。漁夫五六人海に入て蝦を取るを觀よと勸む、余聽かず、蓋し彼ら豫め蝦を捕え[やぶちゃん注:ママ。]て筐籠[やぶちゃん注:「きやうろう」。箱や籠。]に盛り崖下におき、岩下を探るを似して[やぶちゃん注:「まねして」。]これを取出すなり。故に其蝦多くは活動跳躍せず。奧津宮前に來り、案内者に別れ、介肆數軒に入り、魚蝦蟹貝の屬數十品を買ふ。時既に正午に近きを以て、ひと先[やぶちゃん注:「まづ」。]足を回してかえる[やぶちゃん注:ママ。]。]
午餐後、復出で[やぶちゃん注:「また、いで」。]、島の西岸に至る。漁戶あり、人皆網を乾し藻介を取る。此時天漸く晴れ海潮退き盡きて岩上靑苔滑らかに和風吹來て、松聲朗たり。步して崖岸を探れば蟹螺立ろに[やぶちゃん注:「たちどころに」。]拾ふべし。思はじ步する事數町、遂に辨天窟の前に至る。此邊處々に「シヤウジンガニ」を見る。「アカムシ」より少く[やぶちゃん注:「すこしく」。]大にして、沙中に群生し、捲曲動搖して其餌を資る[やぶちゃん注:「とる」。]あり。海菟葵[やぶちゃん注:「いそぎんちやく」。]多し、其一種腕形恰かも羽毛の如く褐色にして甚美なるものあり、又雨虎(あめらし[やぶちゃん注:ルビはママ。「あめふらし」の誤植。])多し。「カツタイガニ」多くみな脊上に靑苔を生じて、靑苔[やぶちゃん注:「あをのり」。]を生して[やぶちゃん注:「しやうじて」。]の靑苔中に棲む、これを識る事甚難し、而して多くは其足一二本缺けり、こゝに於て百方探索其足の全きものを取れり。其形を支離する者の益[やぶちゃん注:「ますます」。]其大なるかな。又步して兒(ちご)が淵に至る、岩屋此に至りて竭きたり。碧水潭々として怒浪奮擊し、苔藻の靡き動く有樣、恰かも喬木の大風に動くを上より見る心地せり。
[やぶちゃん注:「窟道」「いはやみち」。ここ(グーグル・マップ・データ。以下、無指示は同じ)。
「烏帽子岩」一般名称であるが、その方で専ら知られる。正しくは「姥島」(うばしま)で、「乳母島」とも書き、古くは「筆嶋」と呼んだ。ここ。
「その距離三里なりといふ」誇張表現もトンデモで、実際には五キロメートル強しかない。
「其島の東南に斗出せるの地、これを三崎となす」これは烏帽子岩(=姥島)の烏帽子上に突出している箇所を、かく言っている。ストリートビューのここで、ここの一角、同岩礁帯の南部(東南ではない)だけが、特異的に屹立していることが判る。
「伊豆大島亦見るべし」はっきりとはしないが、大島の島影が江ノ島から見える。私は、昭和六一(一九八六)年十一月二十一日夕刻に始まった「三原山大噴火」のその日の夜、友人の車で江ノ島にドライヴに行ったが、吹き上がる火柱が三本ほど、確かに見えた。
「稍」(やや)「下りて常夜燈の碑有り」江ノ島の「稚児ヶ淵」の崖のここに「芭蕉句碑」と「石碑群」があり、「稚児ヶ淵」の岩礁上に常夜灯(同前のサイド・パネルの画像)がある。江戸時代の奉納のものである。
「擴布」面積の広さ。
「まないた岩」「『風俗畫報』臨時增刊「鎌倉江の島名所圖會」 江島」の本文に『俎岩』と出る。因みに、芥川龍之介の「大導寺信輔の半生 ――或精神的風景畫――」(私のサイト版)のエンディング・ロケーションは、この「魚板岩」(まないたいわ)である。
「シヤウジンガニ」甲殻綱十脚(エビ)目エビ亜目カニ下目 Brachyura Grapsoidea上科イワガニ科ショウジンガニ(精進蟹)亜科ショウジンガニ属ショウジンガニ Plagusia dentipes 。大きさは六センチメートル。江ノ島に棲息する。グーグル画像検索「ショウジンガニ」をリンクさせておく。
「アカムシ」異名らしき「赤」からは、イワガニ上科ベンケイガニ科アカテガニ属アカテガニ Chiromantes haematocheir である。大きさは三~五センチメートル前後だが、♂が♀より大きい。陸生に適応しているが、江ノ島にも棲息する(ショウジンガニとともに小学校六年生の時にヨット・ハーバーの防波堤の外の岩礁で視認している)。グーグル画像検索「アカテガニ」をリンクさせておく。
「海菟葵」刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱イソギンチャク目 Actiniaria 。「其一種腕形恰かも羽毛の如く褐色にして甚美なるものあり」とあるのは、イソギンチャク目尋常イソギンチャク亜目ウメボシイソギンチャク上科ウメボシイソギンチャク科ウメボシイソギンチャク属ウメボシイソギンチャク Actinia equina 、或いは、ウメボシイソギンチャク科 Epiactis 属コモチイソギンチャク Epiactis japonica であろう。リンクは学名のグーグル画像検索。後者も大きな個体或いは個体群では強い褐色を示すものがあるが、「羽毛の如く褐色にして甚美なるもの」という表現はウメボシイソギンチャクに遙かに分がある。二種とも先と同じ場所で現認している。
「雨虎」「あめふらし」腹足綱異鰓上目真後鰓目アメフラシ亜目アメフラシ上科アメフラシ科アメフラシ属アメフラシAplysia kurodai 。私のサイト版「栗本丹洲(「栗氏千蟲譜」巻八より)」「海鼠 附録 雨虎(海鹿)」の「雨虎(海鹿)」を見られたい。
「カツタイガニ」「癩蟹」(「かったい」は「ハンセン病」の古語の差別名)であり、現在は使用してはならない。軟甲綱真軟甲亜綱ホンエビ上目十脚目抱卵亜目短尾下目クモガニ上科モガニ科ツノガニ亜科ヒラツノガニ属ヒラツノガニ Scyra compressipes のことである(リンクは同前の検索)。「平爪蟹」で、食用になる。肉量は多くないが、多量に漁獲されることがあり、出荷される。甲の輪郭が丸みを帯びていることから、漁業関係者の間では「マル」とか「キンチャクガニ」の名で呼ばれることが多い。甲面は前後左右に湾曲し、甲面中央部にH字状の深い溝がある他は甲域が不明瞭である。額に四本の突起が並んでいるように見える。甲の前側縁には三角形の突起が五つあり、それらの外縁は孰れも丸みを帯びている。鋏脚は強大で、掌部の下縁には二十本内外の短い稜が斜めに並んでおり、この部分を付根にある角質の稜で擦って音を発することが知られている。遊泳脚の先端部が平たいので「平爪」の名がある。生時は、黄褐色地に紫色の小点が密にある。本州・四国・九州の浅海の砂底に棲息し、中国南部まで分布する。ゴカイなどの小動物を食べる。夏に産卵する。嘗つては、世界的に分布すると考えられたが、現在は多くの種に分けられている。タコ釣りの餌としてよく使われる(平凡社「世界大百科事典」に拠った)。江ノ島で現行でも多量に漁獲された記事を確認出来た。
「靑苔」素直に読むなら、「あをのり」で、緑藻植物門アオサ藻綱アオサ目アオサ科Ulvaceae の種群、或いは、同科アオサ属スジアオノリ Ulva prolifera 、同科アオノリ属ウスバアオノリ Enteromorpha linza かも知れない。「大和本草卷之八 草之四 海藻類 海苔(アヲノリ)」の私の注を参照されたい。]
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