譚 海 卷之十四 京都五山長老對馬御用相勤る事 奥州諸侯往來跡おさへの諸侯の事 兩本願寺の事 諸侯關東へ御機嫌書狀御返翰の事
○國初より、京都五山の長老、一人づつ、對馬へ相詰(あひつめ)、三年づつ逗留して、朝鮮人御用相勤る事也。
三年の期に及べば、交代の長老一人、先(まづ)、關東へ下向し、獨禮(どくれい)御目見得仕(つかまつり)、右御用、仰付られ、時服、拜領ありて、翌年夏、京都より對馬へ發足する也。尤(もつとも)、勤役中、公儀より、御あてがひ、年々、百石づつ給(たまは)り、御用、相濟(あひすみ)、歸京の後も、長老、生涯は、百石づつ被ㇾ下事なり。
對馬勤役中は、宗(そう)氏よりも「寒暑見舞」として、朝鮮人參一斤づつ、送ることなり。
扨、勤方は、朝鮮より宗對馬守殿へ、書翰、來れば、そのまゝ、長老、受取、開封して、其次第を和語に譯し、江戶表へ注進申上、宗家の家司へも、用の趣、長老より申渡す事なり。
是は、室町家の時、五山長老、書翰の役を仰付られしより、例になりて、今は對州の目附を兼て相勤る事なり。されば、五山長老は譯學なくては、ならぬ事に成(なり)てあり。
五山長老、關東へ罷下(まかりくだ)る時、先(まづ)、其寺の和尙、形(かた)に成(なり)て下る事也。四條建仁寺にて和尙位(ゐ)に成(なる)時は、開山千光國師、宗朝より傳來の袈裟を懸(かけ)て、一日の事を執行(とりおこな)ふことなり。
然るに、いつの比の事にや、ある長老、和尙位に成(なり)て、此「けさ」を、かけて、事を取行ひ、方丈へ歸りて、其儘、此袈裟を切賣にして、諸所へ分散せり。元より、名物の切(きれ)の事なれば、茶入の袋等に、京・大坂豪富の者、殘らず、買取(かひとり)たり。後、此事、露顯して公裁(こうさい)をへ、嚴敷(きびしく)御穿鑿ありければ、切分(きりわけ)散(ちる)の品、一色(いつしき)も紛失せず、返り集りたり。
今時(こんじ)は、其きれぎれを、つゞり合(あは)せて、元のごとく袈裟となし、着する事と、いへり。
[やぶちゃん注:「京都五山」底本の竹内利美氏の後注に、『南禅寺、天竜寺、相国寺、建仁寺、東福寺、万寿寺の六カ寺。南禅寺は五山の上首で別格である』とある。]
○奧羽御譜代大名衆、諸侯の「おさへ」、有(あり)。
仙臺侯押へは會津殿也。
佐竹侯、押(おさへ)は丹羽侯也。
仙臺參觀の發足ありて後、倉津侯、いつも國元を出府なり。
丹羽侯も又、是に同じ。
依(よつ)て、兩家、發足の日限(にちげん)有(ある)は、會津・丹羽兩家へ、其届、有(ある)事、とぞ。
[やぶちゃん注:「おさへ」底本の竹内利美氏の後注に、『仙台侯は伊達家、会津段は会津若松松平家、佐竹侯は秋田藩主佐竹家、丹羽侯は二本松藩主丹羽家である。外様大名を譜代系大名が看視したのである』とある。]
○京都兩本願寺僧正、關東下向の時は、定りて御味方申上る誓詞を奉る事なり。尤(もつとも)、道中往來、十萬石大名の格成(なる)よし。兩本願寺より、時々、公儀へ、時の獻上物、たえず。其寺より、飛脚の者、十人づつ、常に道中に往來するに、かまへあれば、江戶のやうす、一時に、早く京都へ知るゝは、兩本願寺ほど便成(たよりなる)は、なき事、とぞ。
○兩本願寺末寺、大抵、關東は、奧羽の末に至るまで、東本願寺派の寺、多し。西は其三ケ一(さんがいち)也。京都より西は、さつまのはてに至る迄、西本願寺派のみ、多し。東派は十に一也。
○在國の大名より、使者を以て、年始・寒・暑に、御機嫌伺の書翰を、關東御老中迄、差上(さしあぐ)る。其返言、又、老中より遣さるゝ。其時々、兩本願寺使僧も、諸侯、同前に書翰奉り。相勤(あひつとむ)る也。
抑、返翰御右筆衆、調(しらべ)終りて、一々、一同に、諸侯の使者、御催促あり。城中「そてつの間」にて、其使者へ相渡さるゝ事なり。
當日、諸藩の使者、相詰(あひつめ)たる時、先(まづ)、御右筆衆、出席、上座より、列席の順をしらべ、御返翰も席順の如く違(たがひ)なきやうに重ね置(おき)て、其後、當番の御老中、御一人、出席有(あり)。使者を、一人づつ、呼(よび)給へば、其名に隨(したがひ)て、使者、膝行して罷出(まかりいづ)る。
其時、右筆衆、御老中の御後(おんうしろ)に居(をり)て、一通づつ、返翰を指出(さしいだ)す。
御老中、後手(うしろで)にて、受取(うけとり)、取直し、其使者へ相渡さるゝ。
順々、相終(あひをはり)て後、兩本願寺使者、呼出(よびいだ)さるゝ時、兩使僧、左右より、一同に罷出、膝行、出席、兩僧ともに、遲速なく、一同樣(いつどうやう)に坐する事にて、少しも、席のすゝみ、しりぞきあれば、やかましき事也。
上より、御取扱も、甲乙なく、せらるゝ事にて、本願寺の時は、老中、左右の手を、後(うしろ)へ、まはさるる。右筆、兩寺の返翰を、左右の手に渡し申す。
則、老中、臂(ひぢ)を、めぐらし、左右の手に返書を持(もち)て、兩僧ヘ、一時に渡さるゝ事也。
かやうの事(こと)故、東西、返翰相渡さるゝに、間違(まちがひ)なきやうに、兼て、右筆衆、用意有(ある)事、とぞ。
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