譚 海 卷之十三 松むしやしなひの事 井出の蛙の事 まむし守札の事 疝氣蟲の事 いもり黑燒の事 魚は水上に向ひ牧駒は風に向ふ事 金魚錦鯉の事 はぜ米こしらへやうの事 めだか魚やしなひやうの事 鰍の事 魚の餌みゝずたくはへやうの事 鯉鮒をいかす方の事 やまめ黑燒乳の薬の事
○松蟲・きりぎりすの類、冬、氣力ぬけて、動(うごく)事、あたはず。「ほいろ」に入(れ)て、下に、ゆるき火を置(おき)て養へば、來秋迄、たもたるゝ也。
○山州井手の蛙は、至(いたつ)て小(ちさ)く、うす黑き色也。取來(とりきたつ)て池澤(ちたく)へ、はなち、聲を聞(きく)に、堪(たへ)たり。鳴音(なきね)、精冷にして、翫(もてあそ)ぶべし。
[やぶちゃん注:私の「耳囊 卷之十 井手蛙うたの事」を参照されたい。]
○大便へ、長き蟲くだる事、有(あり)。形、細く、「うんどん」を引延(ひきのば)したる如く、至(いたつ)て長きもの也。
是、「疝氣蟲(せんきのむし)」也。
此蟲、くだる時は、其人、生涯、せんきをやむ事、なし。
此蟲を黑燒にして、たくはへ置(おく)べし。疝氣わづらふ人の大妙藥也。
氣(き)みぢかく、引出(ひきいだ)せば、切(きれ)る也。竹べら抔に卷付(まきつけ)て、靜(しづか)に、いきみ出(いだ)すべし。くだる事、甚(はなはだ)稀なる事也。
[やぶちゃん注:所謂「サナダムシ」の類である。私の「和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蚘(ひとのむし)」の注を参照されたい。但し、「疝氣」との関連性は全くない。複数個体が寄生していても、殆んど自覚症状は出ないのが、普通である。]
○「いもりの黑燒」といふ物、世間に、まゝ、有(あり)。眞贋、辨じがたけれども、何(いづれ)も功驗(こうげん)、有(あり)。乳(ち)になづみかぬる小兒と、「うば」とに、二つに、わけて、「えり」に、ぬひ入(いれ)ておくに、よく、なづみて、乳に、のみつく也。
[やぶちゃん注:「いもりの黑燒」湯西川温泉に行った際、黒焼きの老人の経営する店で、食い損なった。やはり、テトロドトキシンが気になったからだが、その実、それはアカハライモリではなかったようだったのだが、惜しいことをした。]
○魚は、皆水、上に向ひて、さかのぼる。流にしたがふ時は、鱗(うろこ)、逆に成(なる)ゆゑ也。牧駒(まきごま)も、また風にむかひて立(たつ)と、いふ。
○金魚の類は、やしなひがたし。緋鯉の類は、養ふに、むづかしからず。せんべい・はぜ米(まい)のたぐひ、皆、飼ふべし。飯を飼へば、殊に生長す。一年に二寸ほどづつ、長ずるもの也。
[やぶちゃん注:「はぜ米」「はぜかけ米」。現行では、稲のままで天日干しをして乾燥させた米を指す。 米が、稲藁に残っている養分を吸収して、追熟されると言う。私は食べたことがない。だいたい、私はご飯を一週間に一回しか食べない。嫌いなわけではない。糖尿病であるため、つい、二杯食べてしまうのだが、決まって、食後に異様に咽喉が乾く。血糖値がピックで上がるのが体感されるからである。但し、次条の記載とは、ちょっと違う。]
○「はぜ米」をこしらふるには、餅米を、「もみ」のまゝにて、日にほして、其後、「はうろく」にて、いる時は、「米もみ」を脫して、とびちり、「はぜ米」と成(なる)なり。
○「めだか」を飼ふ事、冬は、飼(かひ)たる器ものを、淸(きよ)くあらひて、石をもちて、魚の隱るゝ所を、こしらへ、淸き水を入(いれ)て、其中に「めだか」を放し、器を、閑地に埋め、蓋をして置(おく)べし。
時々、蓋を明(あけ)て、水、へる時は、水を、つぎたす也。春になりて、やうやう、うごき出(いで)て、水に浮ぶ時、器を掘出(ほりいだ)して、日のあたゝかなる所に置き、寒き日は、又、蓋をして收置(をさめおく)べし。
うみたる子、きぬ絲の樣に成(なり)て、うごき、およぐ時は、親のめだか、腹、さけて死(しぬ)るなり。
殘りたる子、又、「めだか」になりて、年々、種(たね)を殘すと、いへり。
○「かじか」鳴聲、殊に淸絕(せいぜつ)なる物也。是も、水中に石を組(くみ)て隱るゝ所を拵へ、養(やしなふ)べし。秋夜に至りて、聲を發す。殊に堪(たへ)たり。
[やぶちゃん注:底本では、最後の「殊に」の右に編者注があり、『(聽カ)』とある。納得。]
○魚を釣(つる)に、みゝずを用ゆ。みゝずを掘取(ほりとり)て、漉返(こしかへ)しの紙に包み、箱の内に入(いれ)て、牢(かた)く封じ、一夜、へて、取出(とりいだ)す時は、みゝず、土を、玉のごとく、吐露して有(あり)。引(ひき)のばしても、きるゝ事、なし。
○鯉・鮒の類(るゐ)、死なんとする時に、一夜、水のしたゝる音を聞(きか)すれば、活(いき)かヘるなり。とかく、流水ならでは、久しくたもつ事成(なし)がたし。
○「『やまめ』といふ魚、箱根、所々、山川にあるもの也。黑燒にして、小兒に乳(ち)をかまれたるに付(つけ)て、治する。」
と、いへり。
又、「まいまいむり」の黑燒、唾(つば)にて、ぬるも、よし。
[やぶちゃん注:「やまめ」私の『フライング公開 畔田翠山「水族志」 ヤマベ (ヤマメ)』を見られたい。]
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