譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(6)
○しやくり、出るには、
柿のへた、黑燒、よし。
○又、一方。
茶碗に、水、一杯、入(いれ)、其中へ、「けし炭」の火に成(なり)たるを、おとして、飮(のむ)べし。是を「陰陽水」と云(いひ)、妙也。
○頭上に出來物せし時の洗藥に、
いんちん十匁、すゐかづら二十匁、合(あはせて)、目形(めかた)三十目、右三十目を三服にして、十匁づつ、三日に用(もちゆ)る分量なり。一服へ、水、「大(おほ)びさく」[やぶちゃん注:「大柄杓」。]にて、五はい、入(いれ)、四はい半に、せんじ、洗ふ。但(ただし)、半時ほどづつ、置(おき)て、一日に、七、八度づつ、あらふべし。
[やぶちゃん注:「いんちん」サイト「漢方ビュー」の「生薬辞典」の「茵陳蒿(いんちんこう)」によれば、「基原」はキク亜綱キク目キク科ヨモギ属『カワラヨモギ Artemisia capillaris Thunberg(Compositae)の頭花』とあり、『主として黄疸を治す』とあった。
「十匁」三十七・五グラム。
「すゐかづら」マツムシソウ目スイカズラ科スイカズラ属スイカズラ Lonicera japonica 。漢方生薬名は「忍冬(にんどう)」「忍冬藤(にんどうとう)」。棒状の蕾を、天日で乾燥したもの。
「目」「匁」に同じ。]
○又、一方。
米のとぎ水へ、靑袋、一味、くはへ、湯にわかし、一口に、二、三度づつ、あらふベし。「ゆ」へ入(いる)事なく、早く治する也。かみそりかぶれにも、よし。
[やぶちゃん注:「靑袋」不詳。思うに、これは「靑芥子」(あをがらし)或いは「靑芥子(あをけし)」(「靑罌粟」)の誤記か誤判読ではなかろうか。
『「ゆ」へ入』湯治のことだろう。]
○又、一方。
白朮(びやくじゆつ)の粉、一味、すり付(つ)くすれば、治する也。
[やぶちゃん注:「白朮」キク目キク科オケラ属オケラ Atractylodes japonica の根茎。一般には、健胃・利尿効果があるとされる。]
○又、一方【是は煎藥(せんじぐすり)也。】。
「淸上防風湯(せいじやうぼうふうたう)」の内、荆芥(けいがい)一味、除き、用ゆ【但(ただし)、油、こきもの、禁(きんず)べし。】。
[やぶちゃん注:「淸上防風湯」サイト「おくすり110番」の「清上防風湯」を見られたい。そこでは、『顔の熱や炎症をとり、また皮膚病の病因を発散させる働きがあり』、『そのような作用から、顔の皮膚病、とくにニキビの治療に適し』、『体力のある人で、赤ら顔の人に向く処方で』ある、とあった。
「荆芥」シソ目シソ科イヌハッカ属ケイガイ Schizonepeta tenuifolia で、花穂が発汗・解熱。鎮痛・止血作用を持つ漢方生剤。]
○小兒、胎毒(たいどく)にて、出來物せしを、治する祕方【「かんの蟲」にも、よし。】。
兎の腹ごもり、一つ、此目かた、一匁二分、
蔓荆子(まんけいし)・菊花・此二味、目形、二匁づつ、
右、黑燒にして、服藥すべし。
[やぶちゃん注:「胎毒」乳幼児の頭や顔にできる皮膚病の俗称。母体内で受けた毒が原因と思われていた。現代医学では、脂漏性湿疹・急性湿疹・膿痂疹(のうかしん)性湿疹などに当たる。
「かんの蟲」小児の疳(かん)の病いを起こすとされた虫。また、その病気。食物をむやみにとって、消化不良を起こし、腹ばかり膨らんで、他の体部は瘦せる病状を言った。紙などの異物を食べたりもする。「脾疳」とも言う。
「兎の腹ごもり」ウサギの胎児であろう。
「蔓荆子」砂浜などに生育する海浜植物であるシソ目シソ科ハマゴウ亜科ハマゴウ属ハマゴウ Vitex rotundifolia の果実を、天日干し乾燥した生薬名。「万荊子」とも書く。強壮・鎮痛・鎮静・消炎作用があり、感冒に効くとされる。]
○「かしら」へ、「いぼ」の出來(でき)たるを、なほすには、
古き墓所(はかしよ)を尋(たづね)て、其墓の水を、度々(たびたび)、付(つく)れば、よく直りて、二度、出來る事、なし。
○又、一方。
「蛇退皮(じやたいぴ)」を黑燒にして、胡麻の油にて、付(つけ)て、よし。
[やぶちゃん注: 「蛇退皮」一般に「蛇の抜け殻」のことをかく呼ぶ。「蛇蛻」(だせい)とも言う。「神農本草経」の「下品」に収載されている古い生薬で、基原は、爬虫綱有鱗目ヘビ亜目のナミヘビ科ナミヘビ亜科ナメラ属スジオナメラ Elaphe taeniura ・ナメラ属シュウダ Elaphe carinata ・ナミヘビ科マダラヘビ属アカマダラ Dinodon rufozonatum などの抜け殻を乾燥したもの。本邦産は主にナミヘビ科 Colubrinae 亜科 ナメラ属アオダイショウ Elaphe climacophora や、ナメラ属シマヘビ Elaphe quadrivirgata などの抜け殻を乾燥したものを使用する。]
○「しらくも」には、
「せんだん」の實(み)を黑燒にして、胡麻の油にて、付(つけ)て、よし。
[やぶちゃん注:「しらくも」「白癬」「白禿」「白瘡」。小児の頭部に大小の円形の白色落屑 (らくせつ) 面が生じる皮膚病。毛瘡白癬(はくせん)菌(菌界二核菌亜界子嚢菌門チャワンタケ亜門ユーロチウム菌綱 Eurotiomycetesホネタケ目アルトロデルマ科 Arthrodermataceaeトリコフィトン属トリコフィトン・メンタグロフィテス Trichophyton mentagrophytes )が感染して起こる。痒みがあり、毛髪が脱落する。「頭部白癬」「しらくぼ」とも言う。
「せんだん」ムクロジ(無患子)目センダン(栴檀)科センダン属センダン Melia azedarach 。なお、諺の「栴檀は二葉(ふたば)より芳し」の香木の「栴檀」は、インドネシア原産のビャクダン目ビャクダン科ビャクダン属ビャクダン Santalum album のことを指すので、注意されたい。]
○顏へ、「くさ」の出來たるには、
「雪の下」の黑燒、胡麻の油にて、付て、よし。
[やぶちゃん注:「くさ」「瘡」。皮膚に発症する「できもの」・「爛れ」などの総称であるが、特に乳児の頭や顔にできる湿疹・「かさ」を指すことが多い。
「雪の下」双子葉植物綱ユキノシタ目ユキノシタ科ユキノシタ属ユキノシタ Saxifraga stolonifera 。因みに、本種は「生物」の授業の葉裏の気孔の顕微鏡観察でよく知られるが、「天ぷら」にすると、美味い。]
○又、一方。
「かんぼく樹」を黑燒にして、胡麻の油にて付(つける)。枝も、葉も、よし。
[やぶちゃん注:「かんぼく樹」マツムシソウ目ガマズミ科ガマズミ属セイヨウカンボク変種カンボクViburnum opulus var. sargentii 。]
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