譚 海 卷之十三 松の實うへの事 杉の事 柳の事 杜若實生の事 水あふひの事 吳茱萸の事 木瓜の實酢に製する事 うこぎの事
○「松かさ」を、くだきて見れば、細(こまか)なる實(み)有(あり)。夫(それ)を鉢に、まきおけば、ことごとく松苗(まつなへ)を生ず。然れ共、二、三寸に立(たち)のびる時は、皆、根より、くさりて、たふれ枯(かるる)る也。松葉を、根の間に敷(sき)て、たふれぬかひもの[やぶちゃん注:「甲斐物」か。]のやうにすれば、たまたま、生(しやう)ずる事、あり。
○杉は、濕氣(しつき)を、ふくみ、「ひの木」は、火を生(しやう)ず。人家に、ちかづけて、植(うう)べからず。
○柳は、山の手には少(すくな)く、本所には、至る所に有(あり)。水を、よろこぶ樹なるゆゑ成(なる)べし。柳は、軒に近く植(うう)べからず、年久敷(としひさしく)なれば、いつとなく、根は朽(くち)て、外の皮ばかりにて、立(たち)てあるものゆゑ、大風(たいふう)の時、たふれて、家を損ずる事、有(あり)。
○「かきつばた」の實生(みしやう)は、三年を經て、初(はじめ)て生(しやう)ずる事也。樽のうちに、泥を、たくはへ、實をまぜて、泥に「ふん」を、「こやし」にすれば、一年にして、生ずると、云へり。
○「水あふひ」といふもの、秋、水中に、紺の花を、ひらく。自然に生ずる物にして、移して植(うう)れば、翌年、生ずる事、なし。
[やぶちゃん注:「水あふひ」「水葵」。単子葉植物綱ツユクサ目ミズアオイ科ミズアオイ属ミズアオイ Monochoria korsakowii 。]
○吳茱萸は、井のもとに植(うう)べし。
「實(み)、落(おち)て、水に入れば、水毒を消す。」
と、いヘり。
[やぶちゃん注:「吳茱萸」「ごしゆゆ」と読む。ムクロジ目ミカン科ゴシュユ属ゴシュユ Tetradium ruticarpum 。当該ウィキによれば、『中国』の『中』部から『南部に自生する落葉小高木。日本では帰化植物。雌雄異株であるが』、『日本には雄株がなく』、『果実はなっても種ができない。地下茎で繁殖する』八『月頃に黄白色の花を咲かせる』。『本種またはホンゴシュユ(学名 Tetradium ruticarpum var. officinale、シノニム Euodia officinalis )の果実は、呉茱萸(ゴシュユ)という生薬である。独特の匂いと強い苦みを有し、強心作用、子宮収縮作用などがある。呉茱萸湯、温経湯などの漢方方剤に使われる』とあった。漢方薬剤としては平安時代に伝来しているが、本邦への本格的渡来は享保年間(一七一六年から一七三六年まで)とされる。]
○「ぼけ」、一名「しとみ」と、いへり。
「田舍にては、實を釀(かも)して、酢に、かへ、つかふ。」
と、いへり。
「甚(はなはだ)、酢氣、つよくして、用ひがたき物。」
と云(いへ)り。
[やぶちゃん注: 「ぼけ」「しとみ」本邦に自生する「木瓜」はバラ目バラ科サクラ亜科リンゴ連ボケ属クサボケ(草木瓜)Chaenomeles japonica である。齧ったことがあるが、非常に酸っぱい味はする。酢を作るというのは私は知らないが、果実酒としては、かなり有名である。]
○「うこぎ」、生垣にすべし。二月末、若葉を摘(つみ)て、「ひたし物」にするに、佳品也。又、茶にも用(もちゆ)べし。枸杞(くこ)と、ならべ、植(うう)べし。
[やぶちゃん注: 「うこぎ」本邦に自生するのは(ウィキの「ヤマウコギ」によれば、『北海道と本州に分布するという説と』、『岩手県以南の本州と四国に広く分布するという説がある』とある)、セリ目ウコギ科ウコギ属ヤマウコギ変種ヤマウコギ Eleutherococcus spinosus var. spinosus である。
「ひたし物」同前で、『春の新芽と若葉は山菜になり、摘んでお浸し』(☜)『や炊き込みご飯(ウコギ飯)にする』。『根皮は薬用になる』とあった。]
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