「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 伽羅木
きやら ぼく 伽羅木【俗稱】
おつこ
伽羅木 於豆古【夷稱】
△按伽羅木出於蝦夷及松前土人呼曰呼豆古今京師
亦希有之髙五七尺樹葉並類檜柏而甚繁茂不見其
枝椏結實圓青色至秋紅熟如櫻桃人取食之味甜美
內有小白仁其𬄡微黒色光膩如奇楠木理故俗曰伽
羅木乃柏之属也
*
きやら ぼく 伽羅木【俗稱。】
おつこ
伽羅木 於豆古【夷《えぞ》≪の≫稱。】
△按ずるに、伽羅木は蝦夷、及び、松前より出づ。土人、呼んで、「於豆古《おつこ》」と曰《い》ふ。今、京師にも亦、希《まれ》に、之れ有り。髙さ、五、七尺。樹・葉、並びに檜柏(いぶき)の類《るゐ》にして、甚だ繁茂し、其の枝・椏《また》を見はさず。實を結ぶこと、圓《まろ》く、青色。秋に至りて、紅熟≪して≫、櫻桃(ゆすら)のごとし。人、取り、之れを食ふ。味、甜《あま》く、美《なり》。內、小白仁《しようはくにん》有り。其の𬄡(しん)、微黒色。光-膩《くわうじ》、奇楠(きやら)≪の≫木-理(もく)ごとし。故に、俗、「伽羅木」と曰ふ。乃《すなは》ち、柏《かえ/かへ》の属なり。
[やぶちゃん注:これは、「一位」「櫟」と漢字表記する、
裸子植物門イチイ綱イチイ目イチイ科イチイ属イチイ Taxus cuspidata
或いは、その変種で、「伽羅木」と漢字表記する、
イチイ変種キャラボク Taxus cuspidata var. nana
の孰れかである。ウィキの「イチイ」によれば(今回はほぼ全文を載せる。単に私があまり見かけたことがないからである。グーグル画像検索で学名でやったものをリンクさせておく)、『常緑針葉樹。英語では Japanese Yew と呼ばれ、同属のヨーロッパイチイ T. baccataは単に Yew あるいは European Yew と呼ばれる。秋に実る赤い実(仮種皮)は、食用にできる。生長が遅く年輪が詰まった良材となり、弓の材としてもよく知られる』。『属の学名 Taxusはヨーロッパイチイのギリシャ語名で弓を意味する taxosから、種小名 cuspidata は「急に尖った」の意味』で、『和名イチイは、神官が使う笏がイチイの材から作られたことから、仁徳天皇がこの樹に正一位を授けたので「イチイ」の名が出たとされている』。『別名は数多くあり、前述の笏にまつわるエピソードからシャクノキの名称があり、そのほかアララギ』、『キャラボク、スオウ、ヤマビャクダンなどと呼ばれる。北海道や東北地方ではオンコとして知られている』。『東北地方ではこのほかオッコ』(☜)、『オッコノキ、ウンコ、アッコとも呼ばれる』。『長野県松本地方ではミネゾと呼ばれている』。『アイヌ語名』では、『ラㇽマニ(rarmani)と呼ばれ、このほか地域によりララマニ(raramani) タㇽマニ(tarmani)と訛って呼ばれた』。『浦河町』(うらかわちょう:北海道では地名の「町」は、渡島総合振興局部の茅部郡森町(もちまち:グーグル・マップ・データ。以下同じ)以外は総て「ちょう」である。知らない方は覚えておくとよい)『荻伏』(おぎふし:ここ)『のアイヌはクネニ(kuneni)と呼んでいたが、これは「弓(ku)になる(ne)木(ni)」の意である』。『北海道、本州、四国、九州、沖縄、日本国外では千島列島、中国東北部、朝鮮半島に分布』する。『北海道では標高の低い地域にも自然分布するが、四国や九州では山岳地帯に分布する』。『庭木としては、沖縄県を除いた日本全国で一般的に見られる』。『大抵は山地に分布するが、多くは林を形成することは少なく、暗い林の中で』、一、二『本ずつばらついて生えている』。『北海道の屈斜路湖周辺や茶内(浜中町)などでは、まとまったイチイの林が見られる』。『常緑針葉樹の高木で』、『高さ』十五『メートルほどの高木になるが、暗い場所で育つため』、『成長は遅く』、『寿命は長い』。『樹形は円錐形になる。陰樹で林の中では枝が不ぞろいになるが、明るい場所でもよく生育し、均等に枝を出してびっしりと葉に覆われた姿になる』。『幹の直径は』五十センチメートルから一『メートルほどになり、樹皮には縦に割れ目が走る。幹の目通り径が』三十『センチメートルになるまでに』、百『年かかるといわれている』。『葉は羽状に互生し、濃緑色で、線形をし、先端は尖っているが』、『柔らかく』、『触っても』、『それほど痛くない』。『枝に』二『列に並び、先端では螺旋状につく』。『花期は』三~四月で、『雌雄異株(稀に雌雄同株)。小形の花をつける。果期は』九~十『月で、初秋に赤い実をつける』。『種子は球形で、杯状で赤い多汁質の仮種皮の内側におさまっている』。『外から見れば、赤い湯飲みの中に丸い種が入っているような感じである。果肉は食べることができるが、それ以外の部分に毒がある。種子は堅く、なかなか発芽しないが、鳥が食べて砂嚢で揉まれて糞と一緒に排泄されると、発芽しやすくなると言われている』。『果肉を除く葉や植物全体に有毒・アルカロイドのタキシン(taxine)が含まれている』ため、『種子を誤って飲み込むと』、『中毒を起こす。摂取量によっては』、『痙攣を起こし、呼吸困難で死亡することがあるため』、『注意が必要である』。以下、変種「キャラボク」の項。『イチイの変種であるキャラボク(伽羅木) Taxus cuspidata var. nanaは、常緑低木で高さは』五十センチメートルから二『メートル、幹は直立せずに斜に立つ。根元から多くの枝が分かれて横に大きく広がる。雌雄異株で、花は春』(三~五月)『に咲き、雌木は秋』(九 ~十月)『になると赤い実をつけ、味はわずかに甘い』。『本州の日本海側の秋田県真昼岳 - 鳥取県伯耆大山の高山など』、『多雪地帯に自生する。鳥取県伯耆大山の』八『合目近辺に自生するキャラボクはダイセンキャラボクと呼ばれ、その群生地は「大山のダイセンキャラボク純林」として特別天然記念物に指定されている。また、国外では朝鮮半島にも分布する』。『名の由来は、キャラボクの材が、香木のキャラ(伽羅)』(熱帯アジア原産のアオイ目ジンチョウゲ科ジンコウ属 Aquilaria の常緑高木)『に似ているためだが、全くの別種である』。『キャラボクと通常のイチイを比べた場合。全体的にはイチイの方が葉が明らかに大きい。イチイとの最大の違いは、イチイのように葉が』二『列に並ばず、不規則に螺旋状に並ぶ点である。ただし、イチイも側枝以外では螺旋状につくので注意が必要である』。以下、「用途」の項。『耐陰性、耐寒性があり刈り込みにもよく耐えるため、北海道など日本北部の地域で庭木や生垣に利用される』。『刈り込みに強い性質から、しばしばトピアリー』(topiary:常緑樹や低木を刈り込んで作った西洋庭園における造形物のこと。鳥や動物を象ったり、立体的な幾何学模様を造る。庭園技法としては、イギリスの庭園でよくみられる)『の材料に用いられ、日本でも鶴や亀などの刈り込が作られることもある』。『東北北部と北海道ではサカキ、ヒサカキを産しなかったため、サカキ、ヒサカキの代わりに玉串など神事に用いられる』。『また、神社の境内にも植えられる』。『木材としては』、『年輪の幅が狭く』、『緻密で狂いが生じにくく加工しやすい、光沢があって美しいという特徴をもつ』。『紅褐色をした美しい心材が多く、彫刻品などの工芸品、器具材、箱材、机の天板、天井板、鉛筆材として用いられ』、『岐阜県飛騨地方の一位一刀彫が知られる』。『水浸液や鋸屑からとれる赤色の染料(山蘇芳)も利用される』、『ヒノキよりも堅いとされることや』、『希少性から高価である』。『アイヌも』、『そのアイヌ語名が示すように弓の材料として用いたほか、小刀の柄、イクパスイ』(日本語では「酒箸」と書く。アイヌが儀式で使用する木製の祭具で、カムイ(神)・先祖に酒などの供物をささげる際、人間とカムイの仲立ちをする役割を果たすものとされた)『に用いた』。『また、心材や内皮を染色に用いていた』。『前述のように果実は種子が有毒であるが、果肉は甘く食用になり、生食にするほか、焼酎漬けにして果実酒が作られる』。『アイヌも果実を「アエッポ(aeppo)」(我らの食う物)と呼び、食していたが、それを食べることが健康によいという信仰があったらしく、幌別(登別市)では肺や心臓の弱い人には進んで食べさせたとされ、樺太でも脚気の薬や利尿材として果実を利用した』。『葉はかつて糖尿病の民間薬としての利用例があるが、薬効についての根拠はなく、前述のように葉も有毒である。なお、樺太アイヌには葉の黒焼きを肺病喀血患者に煎じて飲ませる風習があった』とある。
「檜柏(いぶき)」前出。
「櫻桃(ゆすら)」双子葉植物綱バラ目バラ科サクラ属ユスラウメ Prunus tomentosa 。当該ウィキを参照されたい。
「小白仁」イチイの果実は外皮は褐色だが、中身は白い。サイト「能代市風の松原植物調査」の「イチイ」の画像を参照されたい。前述の通り、有毒。
「𬄡(しん)」東洋文庫の訳では『芯』とする。種子は、黒褐色。前注のリンク先を見られたい。
「光-膩」東洋文庫の訳では『つややかなかがやき』とルビする。
「奇楠(きやら)」「伽羅」に同じ。
「木-理(もく)」「木目」(きめ/もくめ)。
「柏《かえ/かへ》」読みは前出当該項に拠った。]
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