柴田宵曲「古句を觀る」正規表現版電子化注 / 「春」(12)
川越せばあとに啼なり雉子の聲 文 砌
今まで前路に當つて聞えてゐた雉子の聲が、川一つ越したら後の方になつた、といふ意味であらう。ぼうつと霞んだやうな、春の野の樣が眼に浮んで來る。
この川はかなりの大河らしく思はれる。これを越すことによつて眼界も異り、今までの雉子の聲も遙かうしろの方に聞える。必ずしも同一の雉子が啼いてゐるわけではないかも知れぬが、その聲がうしろになつたといふので、川を越した感じはよく現れてゐる。
[やぶちゃん注:「文砌」は「ぶんせい」と読んでおく。]
水汲の手拭落すやなぎかな 祐 子
井戶端か、川のほとりか、それはわからぬ。手拭は被かぶつてゐるのか、持つてゐるのか、腰にでも插んでゐるのか、それもわからぬ。たゞ水を汲みに來た人が、手拭を地に落す、その白い色と、綠に埀れた柳との對照がこの句の主眼である。
色彩の對照以外に、明るい、輕やかな感じが一句に溢れてゐることは、贅するまでもあるまい。
ちかよりて見れば畑打女かな 枳 邑
遠くに畑を打つ人の姿は、たゞそれと見えるばかりで、男だか女だかわからぬ。だんだん近寄るに及んで、はじめて女であることがわかつた、といふのである。「ちかよりて見れば」といふ言葉は、わざわざ近寄つて見る場合にも用ゐられるが、この際は作者の步いてゐる足が自然と畑打に近づくのである。
去來の「動くとも見えで畑打つ麓かな」といふ句は、本によつては下五が「男かな」ともなつてゐる。「動くとも見えで」といふ語は遠景に適し、「男かな」は遠景に適せぬところがあるが、「麓かな」ならすべてが遠景になつて、その問題は消滅することになる。枳邑[やぶちゃん注:「きいう」。]の句は去來の句には無論及ばぬけれども、遠く畑打を望み、近づいてはじめてその女たることを知るといふ順序は、極めて自然に行つてゐるやうに思ふ。
[やぶちゃん注:この「畑打(はたうつ)」は、春の彼岸頃から、八十八夜頃までの、種を蒔く時期に、畑地を打つて、土を活性化することを指す。
「動くとも見えで畑打つ麓かな」嵐雪編・元禄三(一六九〇)年自序の「其帒」(=其袋)では、
*
うごくとも見えで畑打(はたうつ)男哉
*
とある。この、
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うごくとも見えで畑うつ麓かな
*
は、本句の初案と思われるもので、芭蕉晩年の特徴である「軽み」の兆しが見られる、俳諧七部集の一つで、山本荷兮編「阿羅野」(元禄二(一六八九)年芭蕉序文。刊行は翌年らしい)の「仲春」五句目に出る。「麓かな」の方がワイドで広角の映像に於いて優れる。]
春の夜や蕪にとぼす小挑灯 牧 童
この句には「夜更ふけて歸る時に蠟燭なし、亭坊[やぶちゃん注:住職。または、隠居剃髪した亭主。]の細工にて火とぼす物でかしてわたされたり、むかし龍潭の紙燭はさとらんとおもふも骨をりならんとたはぶれて」といふ前書がついてゐる。夜更けて歸るのに蠟燭がないと云つたら、亭坊が蕪の中をくり拔いて――だらうと思ふ――燈をとぼすものを拵へてくれた、といふのである。西瓜燈籠[やぶちゃん注:「すいかどうろう」。]はありふれてゐるが、蕪の挑燈は面白い。よほど大きな蕪でないと、火をとぼすには工合が惡からうと思ふけれども、そこは然るべく工夫したのであらう。
「龍潭の紙燭」は「碧巖集」にある話である。德山がはじめて龍潭に參した時、侍立するほどにいつか夜が更けてしまつた。「潭云く何ぞ下り去らざると、山遂に珍重して簾[やぶちゃん注:「れん」。]を揭げて出で、外面[やぶちゃん注:「そとも」。]の黑きを見て、却囘[やぶちゃん注:「きやくくわい」。立ち返ること。]して云く、門外黑しと。潭遂に紙燭を點じて山に度與[やぶちゃん注:「どよ」。「与えること」。]せむとす。山接せむとするに方つて[やぶちゃん注:「あたつて」。]潭便ち吹滅す[やぶちゃん注:「ふきけす」。]。山豁然として大悟す。便ち禮拜す」とある。龍潭の紙燭は受取らうとするのを吹消すところにあるらしいが、牧童は蕪の挑燈で足下を照して家へ歸らなければならぬ。「さとらんとおもふも骨をりならん」といふのは、例の俳人一流の態度であらう。
蕪の挑燈といふのは他にもあるかも知れぬが、私はまだ見たことが無い。併しこの句を讀むと、俳味津々たるのみならず、何だか春の夜に調和するやうに思はれるから妙である。異色ある句と云はなければならぬ。
[やぶちゃん注:「蕪」「かぶら」。
「小挑灯」「こぢやうちん」。
「牧童」立花牧童(?~享保元(一七一六)年頃?)加賀国の人。立花北枝の兄。研刀師で、加賀藩の御用を勤めた。蕉門。初めは談林俳諧に親しんだが、芭蕉の「奥の細道」での加賀来遊の時、その門に入った。北枝とともに加賀蕉門の中心を成した知られた俳人である。
『「龍潭の紙燭」は「碧巖集」にある話である』誤り。これは「碧巖錄」ではなく、南宋の無門慧開の著になる考案集「無門關」の第二十八則「久嚮龍潭」である。私のブログ版では「無門關 二十八 久嚮龍潭」がそれで、サイト一括版「無門關 全 淵藪野狐禅師訳注版」もある。是非、お読みあれかし!]
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