譚 海 卷之十三 銀道具・象牙等をみがく事(2) 沙子箱の事 木地の道具色を付る事 鷄冠石色付やうの事 角細工の事 油紙祕方の事 懷中のり製しやうの事 木をつぐ方の事 鐵釜等さびを拔方の事 ぬかみそ樽等のにほひをぬく方の事 鐵鍔のさびをおとす方の事 膏藥の物につきたるを落す方の事 紙にて甲冑を製する事 錢筒の事
[やぶちゃん注:冒頭のそれは、前回分の私の頭注を見られたい。]
○銀道具をみがくには、土(つち)間[やぶちゃん注:底本には編者の補正傍注が右にあり、『(眞)』とする。]似合(まことにあひ)の紙にて、磨くときは、よく、垢を落し、光を出(いだ)す、且(かつ)、疵付(きずつく)事、なし。象牙は、半紙にて、みがくべし。
○砂子(すなご)の箔を用(もちゆ)る事あるには、一步(いちぶ)四方の切箔(きりはく)を、おかんとせば、一步四方の箔と、好(よし)み、やるべし。箔細工の者、意、得て、其大さに箔を切(きり)て、こす事也。
竹の筒の底に、絲にて、網を付(つけ)、一步、二步と、段々に拵へある也。夫(それ)を此方(こなた)にて、置(おか)んと思ふ紙を引(ひき)、此箔の入(いり)たる筒を片手に持(もち)、片于に筒を打(うつ)時は、箔、網のめより、こぽれて、心の如く、おかるゝ也。但(ただし)、箔をおしみて、そろそろ、筒を打(うつ)時は、却(かへつ)て、箔のこぼるゝ事、一かたまりに成(なり)て、「むら」、出來(いでき)て、あしき也。
おしげなく、筒を打(うち)て、すらすらと、おく時は、箔むら、なく、能(よく)こぼるゝ也。
[やぶちゃん注:「砂子」ここは、「金銀の箔を細かい粉にしたもの」を指す。蒔絵 ・色紙(しきし)・襖紙などの装飾に用いる。]
○桐、何にても、木地の物、垢つかぬやうにせんと思ふには、「おはぐろ水」を、ぬりたるもよし。年を經て、薄黑く鼠色に成(なる)也。又、一際、こくぬらんと思ふ時は、「おはぐろの水」へ、石灰(いしばひ)を、少し、まぜてぬるべし。塗(ぬり)たる當座は、紫の色に似て、年をへて、「かきあはせぬり」の薄きものゝやうに、色、黑み出(いづ)る也。
[やぶちゃん注:「おはぐろ水」「町田歯科・矯正歯科」公式サイト内の『見た目と裏腹!?歯に効果的だった「お歯黒」』の「お歯黒の作り方」に詳しい。]
○鷄冠石、色(いろ)を付(つく)るには、石を梅酢にて、せんじ、一夜、鍋の内へひたし置(おき)、翌日、取出(とりいだ)し、石の上、皮の黑き所を。けづりされば、したより、紅色を生ずる也。
[やぶちゃん注:「鷄冠石」砒素の硫化鉱物。オーロラ赤色・オレンジ黄色などの樹脂光沢を持つ単斜晶系短柱状結晶。長時間光をあてると、石黄と方砒素鉱(ほうひそこう)に変質し、粉末状になる。熱水性・噴気性鉱床中に産する。花火に用いられる。リアルガー(realgar:これはアラビア語の「Rahj al ghar」(鉱石の粉末)に由来するとされる)。「雄黄(きに)」とも呼ぶ。]
○角細工(つのざいく)をするには、鹿の角を、砥(といし)にても、鮫(さめ)にても、細(こまか)に、おろし、竹の筒に、つめ、「馬ふん」の内へ、五、六日、埋め置(おき)、其後(そののち)、取出(とりいだ)せば、ねばりて、糊のやうに成(なる)也。それにて、何にても、思ふものを拵立(こしらへたて)、扨(さて)、「さんざし」にて、にる時は、もとの如く、かたまる也。
[やぶちゃん注:「さんざし」山査子・山樝子。バラ目バラ科サンザシ属サンザシ Crataegus cuneata 。当該ウィキによれば、『果実(偽果)には、オレアノール酸』、『フラボノイドのクエルシトリン・クエルセチン、タンニンのクロロゲン酸を含むほか、豊富なビタミンCも含んでいる』とあるので、それらのどれか、或いは、複数が、作用するものと思われる。]
○油紙の祕法、「ゑの油(あぶら)」壹合、滑石三匁四分、右二種、合(あはせ)て煎じ用ゆ。冬月、せんずるを、よしとす。三日煎じて後、器に入(いれ)て、かたく封じ、地中に埋め置(おき)、來年六月三伏日、地中より出(いだ)し、再び、せんずる事、しばらくして、用る也。但(ただし)、煎法の火加減、ゆるくなく、强くなく、油に、えあからぬやうに、ほどよくすべし。
[やぶちゃん注:「ゑの油」「荏の油」。荏胡麻(えごま:シソ目シソ科シソ亜科シソ属エゴマ変種エゴマ Perilla frutescens var. frutescens)の種子から採取した乾性油。日本の特産で、油紙・雨傘などに塗布して防水に用いる。
「滑石」(かっせき)は、珪酸塩鉱物の一種で、フィロケイ酸塩鉱物(Phyllosilicates)に分類される鉱物、或いは、この鉱物を主成分とする岩石の名称。世界的には「タルク(talc:英語)」のほか、「ステアタイト」(Steatite:凍石)・「ソープストーン」(Soapstone:石鹸石)・「フレンチ・チョーク」(French chalk)・「ラバ」(Lava:原義は「溶岩」。本鉱石は変成岩である)とも呼ばれる。Mg3Si4O10(OH)2。水酸化マグネシウムとケイ酸塩からなる鉱物で、粘土鉱物の一種(当該ウィキ他に拠った)。]
○「懷中糊」を拵(こしらへ)るには、米の粉(こ)にて拵へたる、大判、有(あり)。夫(それ)をくだき、細末に篩(ふるひ)て貯へ置(おく)べし。入用の時、「へら」に水を付(つけ)て、此粉を、まぶし、用ゆる時は、手紙の封など、殊に、よく付(つき)て、はなるゝ事、なし。「めしつぶ」は、殘りて、費(つひへ)あり。
○木にても、板にても、はなれたるを、つぐには、「めしつぶ」を、そくへ板にて、おして、飯の中のめを、よりのけ、「ふし」の粉を、半分ほど、まぜ、二品を水にて、かたく、とき和(やは)らげ、おはぐろの汁を、少し、まぜて、何にても、つぐべし。つぎて後、一夜、手をつけず置く時は、よく付(つき)て、離るる事、なし。
[やぶちゃん注:「そくへ板」不詳。木を突いて削り出した薄い単板を「突板」(つきいた)と言うが、それか?]
○又、白き板をつぐにも、「つはぶき」の汁と、「松やに」を、まじへて、つぐ時は、「うるし」にて、つぎたる如く、かたく、はなるゝ事、なし。
[やぶちゃん注:「つはぶき」キク目キク科キク亜科ツワブキ属ツワブキ Farfugium japonicum 。]
○鍋釜の「さび」をぬくには、梅の實を、五つ、六つ、入(いれ)、水にて煮る事、二、三日すれば、鐵氣(かねけ)、よく、ぬける也。譬(たとへ)、新敷(あたらしき)鍋なりとも、ぬけざる事、なし。實梅(みうめ)にても、梅ぼしにても、よし。元來、「さらしぬの」などへ、鐵氣の付(つき)たるを落す方也。
○香の物漬(つけ)たる明樽(あきだる)の匂ひをぬくには、柿澁を、ぬりて、水を入(いれ)おくべし。日をへて、にほひ、ある事、なし。
○鐵鍔(てつつば)のさび落すには、瀨戶物などの中へ、「粉(こな)ぬか」にて、鍔を、うづめ、上より、「ぬか」へ火を付(つく)れば、「ぬか」、もゆるに隨(したがひ)て、ぬかの油、したゝりて、鍔を、うるほす。鍔へ、火のとゞかぬ程を見はからひて、鍔を取出(とりいだ)し、そろそろ、さびを落せば、いかほどのさびにても、滯(とどこほり)なく、おとさるゝ也。
○膏藥、物に付(つき)たるを落すには、「わさび」を、おろし、絹に、つゝみ、其汁にて、する時は、落て、殘る事、なし。
○「紙にて甲胃を造り、夫(それ)へ、『なめくじり』を、すりつぶして、數度(すど)、ぬる時は、鐵炮玉も、刀劔(たうけん)のたぐひも、とほす事、なし。雨ふりたる時は、別(べつし)て、ねばりて、鐵炮の患(わづらひ)、なし。」
と、いへり。
[やぶちゃん注:……これは……信じがたいねぇ……。]
○錢を、たくはふるに、竹の筒を、「ふし」と「ふし」とを、きりて、用ゆべし。筒に錢一文、入(はい)るほどの穴を、橫に、ほそく付(つけ)て、錢を入(いる)べし。入(いれ)て、再び出す事、成(なし)がたし。用ある時は、筒を打(うち)くだき用る也。もろこしの錢筒也。
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