譚 海 卷之十三 山椒・とうがらしの事 くわりんの實たくはやうの事 へちまの水取る事 つりん酒の事 菊酒の事 淫羊霍酒につくる事 黃精酒にひたし置けば補益の效ある事 梅酒製法の事 盃をあらふ器の事 らんびきにて花の香を取事 櫻花の實酒肴に用ゆる事 銚子口つくりやうの事 茶を製する事 せん茶・五加茶の事 松葉たばこの事 かすてらこしらへやうの事 附羽州雪餅の事
[やぶちゃん注:冒頭の「目錄」の標題の「とうがらし」はママ。「つりん」もママ(「くわりん」であろう)。「淫羊霍」は「いんやうくわく」と読む。]
○山椒・たうがらしの類、「びいどろ」に貯(たくはふ)べし、あじはひ、損ずる事、なし。
○「くはりん」の實、小口より切(きり)て沙糖に漬置(つけおく)べし。痰を治すると、いへり。
[やぶちゃん注:「くわりん」シモツケ亜科ナシ連ナシ亜連カリン属カリン Pseudocydonia sinensis 。中国原産のバラ科の落葉高木。樹皮は滑らかで、鱗状に剝がれる。春。新葉と同時に、芳香のある径さんセンチメートルほどの淡紅色花が短枝の先に単生する。果実は楕円形で、表面に毛がなく、長さ十~十五センチメートルの楕円形又は倒卵形をなし、紅葉する十~十一月に黄色に熟す。果肉は硬く、酸味も強くて生食出来ないが、砂糖漬としたり、芳香があるので、果実酒の材料とする。高校生の頃、親友がこっそり自室で作っていて、とても美味かった。]
○「へちま」の水、痰を治す。夜分、痰咳にて寢(いね)かぬるとき、「へちま」の水を、茶碗に半分ほど、あたゝめて、飮(のん)で寢る時は、極(きはめ)て、とほざくる也。
「へちま」の水をうるは、八月十五夜を、よし、とす。「へちま」を、土より、一、二尺ほど置(おき)てきり、切たる小口をも、垣にからみたる小口をも、德利の口へ指込置(さしこみおく)時は、暫時に、水、したゝり、滿(みつ)る也。德利を、いくつも用意して、とりかへて、水を、たくはふべし。十五夜より後(のち)、廿日比(ごろ)迄は、日々、晝より、水を、とるべし。朝暮(てうぼ)、ゆだんすべからず。
○「つりん酒」、又、精氣を益(ます)べし。その方(はう)、黑豆四合・肉桂壹匁・冰砂糖(こほりざたう)半片、右、三味(さんみ)を取(とり)まぜ、ひたし置(おき)、一月(ひとつき)の後(のち)、飮(のむ)べし。
[やぶちゃん注:「つりん酒」恐らくは二つ前の「カリン酒」のことであろう。]
○「きく酒」は、壺に、古酒を、たゝへ、壺の口一杯に懸(かく)る程に、籠を、つくり、籠の内に、きくの花を、みつるほど、つめて、壺を、かたく封じ、靜成(しづかなる)所に收置(をさめおき)、來年、夏至の後(あと)、開飮(ひらきのむ)べし。
菊花(きくくわ)、酒氣に蒸れて、悉く、しほれからび、その花の匂ひ、酒に移(うつり)て、尤(もつとも)、收(をさむ)る時、籠の底へ、酒、及(およば)ぬやうあにすべし。
若(もし)、酒にて、籠を潤(うるほ)さば、菊花、くされて、酒氣、佳(か)ならず。
また、黃菊酒(きぎくしゆ)の方(はう)、黃菊の苦き所を去り、花ばかりを、砂糖一斤と、古酒壹升に、ひたす。
○淫羊霍(いんやうくわく)も、「精を補ふ。」と云(いふ)。右一味を、酒にひたし置(おき)、時々、用ゆ。但(ただし)、おほくいるゝ時は、酒氣、か[やぶちゃん注:「佳」か。]ならず。
[やぶちゃん注:「淫羊霍」本来のこの名の種は、中国から渡来した薬草「ほざきいかりそう(穂咲碇草)」(モクレン亜綱キンポウゲ目メギ科ホザイキカリソウ Epimedium sagittatum )の漢名であるが、本邦に植生するのは、中国にはないイカリソウ属変種イカリソウ変種イカリソウ Epimedium grandiflorum var. thunbergianum を指す。また、その茎葉を乾燥させた漢方の強壮・強精薬をも言う。「淫」の字で判る通り、この属の幾つかは、陰萎の他、健忘症・神経衰弱・四肢痙攣などに効用がある。]
○黃精(わうせい)をも、酒にしたし置(おき)、くらふべし。補氣の功、あり。
[やぶちゃん注: 「黃精」は単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科スズラン亜科アマドコロ連アマドコロ属ナルコユリ Polygonatum falcatum 及び、その近縁種の根茎から製せられる生薬名である。ここにある通り、果実酒として「黄精酒」が強精に功があると江戸時代より知られている。]
○梅酒を造るには、大きなる梅の實、疵なき物を、二つ、えりて、軸を、はなちさり、その跡へ、「めしつぶ」を牢く[やぶちゃん注:「かたく」。]ぬり、古酒壹升と、砂糖一斤に、ひたすベし。三月(みつき)の後(のち)、ひらき飮(のむ)べし。
○盃(さかづき)を洗ふ器(うつは)は、引出しの有(ある)箱を造り、引出しの上に、「かけご」を付(つけ)、「かけご」の底を「すのこ」にして、「すのこ」の上に「すいかん石」を敷(しき)て、水瓶(すいびん)を、そへ、酒宴の席に備置(そなへおく)べし。盃、ねばりたる時は、水瓶の水にて、洗ふ。水を引出し、より拔取(ぬきとり)て、こぼすべし。
[やぶちゃん注:「かけご」「懸子・掛子・掛籠」で、外側の箱の縁に、乗せ掛けて、中に嵌めるように作った箱。「Weblio 辞書」の「デジタル大辞泉」の画像が理解しやすい。
「すいかん石」「寒水石」のことか。炭酸カルシウムで出来た石灰石の最も上質なものを言う。現行では、福岡県産のものが最も優れた品質を持つとされる。水に溶け難い。]
○「らんびき」にて香薰(かうくん)をとるもの、七種、梅花・薔薇花・蕙蘭花・菊花・金銀花・石菖蒲・柚の花、右、七種の油、一箱に詰(つめ)て、芝太好庵に有(あり)。百疋ほどの價(あたひ)也。酒窻[やぶちゃん注:底本に「窻」に編者の右補正注があり、『(宴)』とある。]に臨(のぞみ)て、此花の油を、一滴、盃中(はいちゆう)に落せば、酒、悉く、その匂ひと成(なる)也。
[やぶちゃん注:「らんびき」江戸時代に海水・薬油・酒類(焼酎)などを蒸留する際に用いた器具。ここは香油に当たる。先行する「譚海 卷之一 同國の船洋中を渡るに水桶をたくはへざる事幷刄物をろくろにて硏事」の私の注を見られたい。
「蕙蘭花」は「けいらんくわ」で、既出既注だが、再掲すると、本来は単子葉植物綱キジカクシ目ラン科セッコク亜科エビネ連 Coelogyninae 亜連シラン属シラン Bletilla striata を指すが、本文は単に「蘭」となっているので、広義の蘭(ラン)を指すものと採っておく。
「金銀花」マツムシソウ目スイカズラ科スイカズラ属スイカズラ Lonicera japonica の別名。初夏に開花する甘い香りを放つ。私の好きな香りの花である。
「石菖蒲」これも既出既注。単子葉植物綱ショウブ(菖蒲)目ショウブ科ショウブ属セキショウ(石菖) Acorus gramineus のこと。]
○櫻の實、鹽漬(しほづけ)にして、酒の肴に用ゆべし。京都祗園二軒茶屋にて調ずること也。
[やぶちゃん注:「京都祗園二軒茶屋」ここに現存する(グーグル・マップ・データ)。]
○銚子の口を、銀にて、長く造り、酒の出(いづ)る口へ、銀にて、網をかけて、網に、ときの花を、一りん、つみ入(いれ)て、翫(ぐわん)すべし。酒をつぐとき、酒、はなを、くゞり出(いづ)る故、酒氣、花の香を帶(おび)て、興(きやう)、有(あり)。
○茶の木を植(うゑ)て、茶を拵(こしらふ)るには、私(わたくし)の慰(なぐさめ)斗(ばか)りには、隨分、細芽の、小(ちいさ)なるを、つみて、酒に蒸(むし)て後(のち)、蔭干にして收置(をさめおき)、せんずる時、常の如く、「ほいろ」にかけて用(もちゆ)れば、うりかふ茶に、劣る事、なし。殊に味あるもの也。
○茶を、ほうじて、冷水にひたし置(おけ)ば、色、よく出(いで)て、匂ひも、減(げん)ぜず。
外(ほか)に、「さ湯」をわかし置(おき)て、「さゆ」を茶わんに入(いれ)、冷水に、ある茶を、少しまぜて、出(いだ)せば、「にばな」の如く、風味、よし。
○五加茶(ごかちや)の方(はう)、枸杞葉(くこのは)・うこぎの葉・忍冬葉(すひかづらのは)・桑の葉・茶の葉、右、五種、等分にして、常に茶の代りに用(もいゆ)れば、養生の功、有(あり)と、いへり。
[やぶちゃん注:「五加茶」本来は、五加(うこぎ)の若葉を乾かして、茶の代用にしたもの。本邦のそれは、もともとは、主原料をヒゴウコギ Eleutherococcus higoensis とする。]
○松葉多葉粉(まつばたばこ)の方(はう)、靑き松の葉を「こしき」へ入(いれ)、湯氣(ゆげ)にて蒸(むし)、取出(とりいだ)して、日に、ほし、たばこに、ひとしく、用ゆべし。又、きざまずして、よき程の、たばこの如くに用らる也。但(ただし)、日に、ほす時、酒を、ふりかけて、ほすべし。
[やぶちゃん注:「松葉多葉粉」松葉を使用した煙草様のもの。ニコチンを含まないので、現行では「松葉香」と呼ばれている。私は吸ったことはない。]
○「かすていら」の方(はう)、玉子十五・「うは粉(こ)」壹升・砂糖一斤、右、三種を摺鉢にて、合(あは)し拵(こしらふ)る也。先(まづ)、砂糖を、摺鉢にて能(よく)摺置(すりおき)て、後(のち)、「うは粉」と、玉子とを、入(いれ)て、摺交(すりまぜ)、「かすていら鍋」へ、油を引(ひき)、鍋の底へ、厚き紙を敷(しき)て、其上へ、流しつめ、蓋をして、炭火にて燒(やく)也。
火、ぬるき時は、蓋の上へも、少し、火を置(おく)べし。
扨(さて)、能(よく)燒上(やきあが)りたるかと、試(こころみ)るには、「わら」の「みご」を通して、見るべし。「みご」に、「かすていら」の付(つか)かざるを出來上(できあが)りの期(き)とす。
但(ただし)、「かすていら鍋」、なき時は、「ほうろく」を蓋にする程の鍋を用(もちい)て燒(やく)なり。「ほうろく」を鍋の蓋にして、「ほうろく」の上に、火を置(おき)て、上下(うへした)より、蒸(むし)て燒(やく)事也。先(まづ)、下より順にて燒(やく)時に、能(よく)、蒸(む)るゝ時は、玉子、にえあがる。そのとき、上へも炭火を置(おく)べし。精進には、白米の粉(こ)壹升と、白砂糖壹斤を、長芋の、とろとろにて、ねり合(あは)せて拵(こしらふ)る也。
「うは粉」と云(いふ)は、「うどん」の粉の上品の、水、ひせしもの也。菓子店に有(あり)。精進には、白米の「こ」を用ゆ。「うはこ」を用れば、風味、凝(こり)て、よろしからず。
羽州にて、「雪餅」と云(いふ)を製するには、寒中の雪を、玉子程(ほど)に、まろめて、その上を、「うどんの粉(こ)」を、ねり包みて、そのまゝ、「にえ湯」の内へ打(うち)こめば、雪は、消(きえ)て、内の、うつろ成(なる)團子に出來(でき)る也。汁粉餠にして、くふ事也。その國には、「しるこ餠」の事を、「ぜんびん」と稱す。此團子、わんへ、もりたるを、箸にて、はさみ切(きり)てくふ也。丸のまゝにて、くふ時は、やけどをする也。箸にて、はさみ切れば、團子の中より、あつき湯氣を、煙のやうに、もらす也。但(ただし)、北國の雪は、かたまりて、解(とく)る事、なければ、團子の製、出來(でき)るか。關東の雪は、とけやすきゆゑ、「だんご」に成(なる)べきや、いかゞ。いまだ、試みず。
[やぶちゃん注:ぐだぐだと和菓子の嫌いな私が述べるより、ウィキの「カステラ」を読まれた方がよかろう。悪しからず。
『その國には、「しるこ餠」の事を、「ぜんびん」と稱す』ネット上では確認出来ない。私は餅入りの「おしるこ」を最も苦手とする変奇人である。再度、悪しからず。]
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