「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 柀
まき 臭柀【俗】
【和名末木
柀【音彼】 俗云久佐末木】
別有眞柀故名
臭柀別之
玉篇云柀作柱埋之能不腐者也
△按爾雅注云柀卽杉別名也則是亦杉之屬乎然柏檜
之類也奧州南部津輕松前多出之其樹皮狀與檜同
剥皮用𮏨屋或綯繩以止槽漏脫之功無異于檜葉亦
[やぶちゃん字注:「𮏨」は「葺」の異体字。]
似檜而肥厚畧狹不結實其木甚大有髙十余𠀋者用
作帆檣稠堅勝於杉又長五六尺許伐斫名橎木鼈木
送之大坂橎木則※版覆屋勝于椹也鼈木則作桶樽
[やぶちゃん字注:「※」=「耒」+「片」。]
皆耐水濕良材也又長二三間方五六寸者宜作屋柱
金葉 音にたに袂をぬらす時雨哉槇の板屋の夜の寢覺めに定家
[やぶちゃん字注:「定家」は源「定信」の誤記。訓読では修正する。]
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まき 臭柀《くさまき》【俗。】
【和名、「末木」。
柀【音、「彼《ひ》》」】 俗に云ふ、「久佐末木《くさまき》」。】
別に「眞柀《ままき》」有り。故に
「臭柀」と名づく。之れ、別《たり》。
「玉篇」に云はく、『柀《ひ》は、柱に作る。之れ、埋≪づむるも≫、能く、腐ちざる者なり。』≪と≫。
△按ずるに、「爾雅」に《✕→の》注に云はく、『柀は、卽ち、杉の別名なり。』≪と≫。則ち、是れ、亦、杉の屬か。然れども、柏《かしは》・檜の類《るゐ》なり。奧州、南部・津輕・松前、之れを、多く、出だす。其の樹≪の≫皮、狀《かたち》、檜と同じ。皮を剥(は)ぎて、𮏨屋(ふき《や》)に用ひて、或いは、繩に綯(な)ひて、以つて、槽(ふね)の漏脫(もり)を止《とむる》の功、檜に異なること、無し。葉も亦、檜に似て、肥厚《こえあつ》く、畧《やや》狹《せば》く、實《み》を結ばず。其の木、甚だ、大きく、髙さ十余𠀋有《ある》者、用ひて、帆檣(ほばしら)を作る。稠(ねば)り、堅くして、杉より勝れり。又、長さ、五、六尺許《ばかり》に伐-斫《き》り、「橎木(はん《ぎ》)」・「鼈木(すつぽん《ぎ》)」と名づけて、之れを、大坂に送り、「橎木」は、則ち、版《いた》に※(へ)ぎて[やぶちゃん字注:「※」=「耒」+「片」。]、屋に覆(ふ)く≪に≫、椹《さはら》に勝《すぐ》れり。「鼈木」、則ち、桶・樽に作る。皆、水濕に耐(た)ふ良材なり。又、長《た》け、二、三間《げん》の、方《はう》、五、六寸なる者は、宜しく、屋柱に作るべし。
「金葉」
音にだに
袂(たもと)をぬらす
時雨(しぐれ)哉(かな)
槇の板屋の
夜の寢覺めに 定信
[やぶちゃん注:これは、
裸子植物門マツ綱ナンヨウスギ目マキ科マキ属イヌマキ Podocarpus macrophyllus
である。詳細は当該ウィキを見られたい。
「眞柀」ヒノキ目コウヤマキ科コウヤマキ属コウヤマキSciadopitys verticillata ととっておく。これについては次の項である「槇」に譲る。
「臭柀」クサマキの異名は「臭槇」ではなく、「草槇」であろうと私は思っている。
「玉篇」南北朝時代の南朝梁の顧野王(五一九年~五八一年)によって編纂された部首別漢字字典。字書としては「説文解字」「字林」(現存しない)の次に古い。全三十巻。「中國哲學書電子化計劃」や「漢籍リポジトリ」の「玉篇」で調べても、出てこない。困り果てて幾つかの論文を探したところ、この引用部が丸々「和名類聚鈔」の中に出ることが、判った。「卷第二十」の「草木部第三十二」の「木類第二百四十八」の「柀」である。
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柀 玉篇云柀【音彼日本紀私記云末木今案又杉一名也見爾雅注】木名作柱埋之能不腐者也
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柀 「玉篇」云はく、『柀【音「彼」。「日本紀私記」に云はく、『末木』。今、案ずるに、又、杉の一名なり。「爾雅」の注に見ゆ。】は木の名。柱に作る。之れを埋めて、能く、腐ちざる者なり。』と。
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恐らく、良安も、ここから孫引きしたものと推定する。或いは、現存する「玉篇」には、この条はないのかも知れないと、ちらりと思った。
『「爾雅」』「の」『注に云はく、『柀は、卽ち、杉の別名なり。』』中国最古の類語辞典・語釈辞典・訓詁学書。この「注」は前に出た「爾雅翼」と踏んで、調べたところ、真逆の正しい記載を見出してしまった。「柀」の冒頭にある「柀似煔而異杉」である。「漢籍リポジトリ」のここである。
「髙さ十余丈有者」これはちょっと過大表現である。イヌマキは最大でも二十メートルである。
「稠(ねば)り」この漢字は現代中国語で、流動体が「濃い」、間隔が「密である・細かい」という意味がある。これは「粘(ねば)る」という様態と強い親和性があることが判る。
「橎木(はん《ぎ》)」所持する大修館書店「廣漢和辭典」を見たところ、『材質がかたく、花はさかずに実のなる木』とあった。
「鼈木(すつぽん《ぎ》)」所持する辞書にも載らず、ネットでも掛かってこない。しかし、意味は判る。粘りの強い材質を意っているものであろう。
「※(へ)ぎて」(「※」=「耒」+「片」)「剝ぐ・折ぐ」で、「薄く削りとる・はがす・はぐ」の意である。
「椹」裸子植物門マツ綱ヒノキ目ヒノキ科ヒノキ属サワラ Chamaecyparis pisifera 。当該ウィキによれば、『日本固有種であり、本州から九州の山地帯(冷温帯)から亜高山帯の谷筋などに自生する。材はヒノキより柔らかいが』、『耐水性に優れ、においが少ないことから、桶』・『飯櫃』・『曲物などに利用され、また木曽五木の』一『つとされる』。『「さわらか」に由来するとされる』とある。
「二、三間」三・六四~五・四五メートル。
「金葉」「金葉和歌集」平安後期の勅撰和歌集。十巻。天治元(一一二四)年、白河上皇の命により、源俊頼が撰した。二度の改修を経て、大治二(一一二七)年の完成したが、三次に亙る各撰集を「初度本」・「二度本」・「三奏本」と区別し、「二度本」が最も流布した。勅撰和歌集の五番目で、源俊頼・源経信・藤原顕季ら二百二十七名の歌約六百五十首を収録する。四季・賀・別離・恋・雑、及び、連歌十九首を雑下に分類。客観的・写生的描写が多く、新奇な傾向も目立つ。「八代集」の一つ。以下の歌は「補遺歌」にあり、作者は刑部大輔・従五位上の源定信(さだのぶ/さだざね)の歌(六八三番)。
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奈良に人〻の百首の歌よみけるに、「時雨」をよめる
音にだに袂をぬらす時雨哉まきの板屋の夜のね覺めに
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