譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(4)
○「耳だれ」出(いづ)るには、
「ぬかみそ」の中の、三、四年、經たる古なすびを、引(ひき)さき、其汁を、耳中へ、しぼりこむべし。
○又、一方。
大根のしぼり汁を、こよりにて、さして、よし。
○口中腫痛(こうちゆうしゆつう)には、
黃柏(わうばく)・くちなし(山梔子)・南天の葉、右を紅(くれなゐ)の「きれ」に包(つつみ)て、ふくみ居(をれ)れば、痛(いたみ)を治する事、妙也。
[やぶちゃん注:落葉高木アジア東北部の山地に自生し、日本全土にも植生する、ムクロジ目ミカン科キハダ属キハダ Phellodendron amurense の樹皮から製した生薬。薬用名は通常は「黄檗(オウバク)」が知られ、「黄柏」とも書く。ウィキの「キハダ」によれば、『樹皮をコルク質から剥ぎ取り、コルク質・外樹皮を取り除いて乾燥させると』、『生薬の黄柏となる。黄柏にはベルベリンを始めとする薬用成分が含まれ、強い抗菌作用を持つといわれる。チフス、コレラ、赤痢などの病原菌に対して効能がある。主に健胃整腸剤として用いられ、陀羅尼助、百草などの薬に配合されている。また強い苦味のため、眠気覚ましとしても用いられたといわれているほか、中皮を粉末にし』、『酢と練って』、『打撲や腰痛等の患部に貼』り、『また』、『黄連解毒湯、加味解毒湯などの漢方方剤に含まれる。日本薬局方においては、本種と同属植物を黄柏の基原植物としている』。『アイヌは、熟した果実を香辛料として用いている』とある。
「山梔子(さんしし)」「さんざし」で、リンドウ目アカネ科サンタンカ亜科クチナシ連クチナシ属クチナシ Gardenia jasminoides の異名。その強い芳香は邪気を除けるともされ、庭の鬼門方向に植えるとよいともされ、「くちなし」は「祟りなし」の語呂を連想をさせるからとも言う。真言密教系の修法では、供物として捧げる「五木」(梔子・木犀・松・梅花・榧(かや:裸子植物門マツ綱マツ目イチイ科カヤ属カヤ Torreya nucifera )の五種の一つ。]
○齒の痛(いたみ)を止(とむ)る藥。
霧精【「さるをがせ」と云(いふ)物。】一味、かみて居(を)れば、卽時に治する也。
[やぶちゃん注:「霧精」地衣類の菌界子嚢菌門チャシブゴケ菌綱チャシブゴケ目ウメノキゴケ科サルオガセ属 Usnea 。「猿尾枷」「猿麻桛」「霧藻」「蘿衣」等と漢字表記する。当該ウィキによれば、『落葉広葉樹林や針葉樹林など、霧のかかるような森林の樹上に着生する』とあり、異名からもしっくりくる。]
○咽喉(のど)腫痛(はれ・いたみ)。
「くちなし」の黑燒、用(もちゆ)べし。又、生(なま)にて煎じ用(もちい)て、よし。
○「のんど」へ、「とげ」立(たち)たるを治する。
土用中の芭蕉の卷葉を、黑燒にして用べし、祕法也。
○又、一方。
「かんらん」一つ、口中に含み、其唾(つば)を、ひたと、のみこみ、のみこみ、すべし。いつとなく、とげ、ぬける也。
[やぶちゃん注:「かんらん」「橄欖」。ムクロジ目カンラン科カンラン属 カンラン Canarium album 。ウィキの「カンラン科」によれば、『インドシナの原産で、江戸時代に日本に渡来し、種子島などで栽培され、果実を生食に、また、タネも食用にしたり油を搾ったりする。それらの利用法がオリーブ』(シソ目モクセイ科オリーブ属オリーブ Olea europaea )『に似ているため、オリーブのことを漢字で「橄欖」と当てることがあるが、全く別科の植物である。これは幕末に同じものだと間違って認識され、誤訳が定着してしまったものである』とある。]
○又、一方。
南天葉を、せんじて、其湯を、のむべし。
「南天」キンポウゲ目メギ科ナンテン亜科ナンテン属ナンテン Nandina domestica。
○又、一方。
串柿を黑燒にして、「さゆ」にて、用(もち)ゆ。
○咽喉へ餅のつまりたる時、
「おはぐろ」、一雫(ひとしづく)、飮(のむ)時は、其儘、餅を吐(はく)也【「くだ」にて飮込(のみこみ)て、よし。】。
○胡椒に、むせたるには、
胡麻の油を、一雫、飮(のむ)時は、其まゝ、治する也。
○山椒、又は、「からし」などに、むせたるには、
「いわう」を少し飮(のむ)時は、其まゝ、治する也。「いわう」なき時は、付木(つけぎ)に付(つき)たるを、けづり飮(のむ)べし。
[やぶちゃん注:先行する「譚 海 卷之十三 舟の醉を治する事(二条)」の一条には、相同の処方が記されてある。]
○赤子、口中に、「乳のかす」のやうに、しろき物、出來(いでき)、又は、「うはあご」抔(など)へ出來(でき)ものせしを、なほす妙藥。
羗蜋【雪隱の壺に出る蟲。「うなむし」といふもの。】
右一味、飯つぶに、すりまぜ、紙にぬり、小兒の足のうらへ、張(はり)おく時は、直(なほ)る事、奇妙也。黑燒にしても、よし。
[やぶちゃん注: 「羗蜋」(きやうらう(きょうろう))「雪隱の壺に出る蟲」「うなむし」は恐らく昆虫綱鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科 Scarabaeoidea及びその近縁な科に属する種のうち、主に哺乳類の糞を餌とする一群の昆虫を指す語である。「食糞性コガネムシ」とも呼ばれる。中文ウィキのその種群を示すそれは「蜣螂」の漢字が当てられている。その日本語版「糞虫」も見られたい。]
○むしづはしる時は、
昆布一切れ、少し斗(ばか)り燒(やき)て、くふべし。妙也。
[やぶちゃん注:「むしづ」「蟲唾」。胃酸過多によって、胃から口に出てくる不快な酸っぱい液。なお、「ず」を「酸(す)」と考えて、歴史的仮名遣を「むしず」とする説もある。]
○舌をくひて、血の、いづるとき、
何の草にても、三種取(とり)て、もみて、口にふくみ居(を)れば、血、留(とま)る。
[やぶちゃん注:「何の草にても」はアカンでしょう!!!]
○舌の、あれたる時は、
なすびのへた、黑燒を付(つく)べし【但(ただし)、殊の外、しみる也。】。
○小舌(こじた)と云(いふ)物、舌のしたへ、出來(いでき)て、後(のち)には、物、いひ、きゝにくゝ、命に、さはる事、有(あり)。其時は、芝、大好庵の目ぐすりを、たえず、つくる時は、自然(おのづ)と治する也。
[やぶちゃん注:「小舌」当初は舌の下部に生じた舌癌のことかと思ったが、それは、そう頻繁に発症するものではないので、別に考えてみたところ、「舌小帯」(ぜつしょうたい)のことではないかと重いが至った。これは、舌の裏側に附いている襞(紐状の場合もある)を指す。これが先天的に短かったり、襞が舌の先端に近いところに附いていることがあり、このような状態を「舌小帯短縮症」と称する。舌を前に突き出すと、舌の先端に「くびれ」が生じ、ハート型の舌になる(この病気には、いろいろな呼び方があり、「舌強直症」「舌小帯癒着症」「舌癒着症」等とも言う。軽度の場合は全く問題ないが、「中等度」「重度」の場合には、発音や摂食嚥下機能に問題がある場合が生じてくると、昭和大学歯科病院口腔機能リハビリテーション科公式サイト「おくちでたべる.com」のコラム第十五回 「舌小帯短縮症と発音障害」にあった。
「芝、大好庵」不詳。しかし、「小舌」で「目ぐすり」は、ない、だろ!]
○「こうひ」、出來(でき)たる時は、
巴豆(はず)、黑燒一さじ飮(のむ)時は、たちまち、やぶれ、治する也。但(ただし)、此黑燒、飮(のみ)たる後にて、水を、茶わんに一口、飮(のむ)べし。水を、のまざれば、巴豆の氣(き)にて、腹、くだり、難儀する也。
[やぶちゃん注: 「こうひ」当初、皮膚表層の表皮が持続的な炎症を起こして、全身の皮膚が潮紅(ちょうこう)と落屑(らくせつ)を呈する全身性炎症性疾患の紅皮症(こうひしょう)のことかと思ったが、「やぶれ」て即座に治癒するというのは、この病態とは、ちょっと違う。処方内容が、飲み薬であることから、口腔・咽喉内に生じた炎症のことのように思える。但し、だとすると、「こう」は「腔」か「喉」であろうが、「ひ」は判らぬ。
「巴豆」キントラノオ目トウダイグサ科ハズ亜科ハズ連ハズ属ハズ Croton tiglium 。当該ウィキによれば、『種子から取れる油はハズ油(クロトン油)と呼ばれ、属名のついたクロトン酸のほか、オレイン酸・パルミチン酸・チグリン酸・ホルボールなどのエステルを含む。ハズ油は皮膚につくと炎症を起こす』とあり、『巴豆は』「神農本草経下品」や「金匱要略」に『掲載されている漢方薬で』はあるが、微量でも『強力な』下瀉『作用があ』り、『日本では毒薬または劇薬に指定』『されているため、通常は使用されない』とあった。]
○又、一方。
サボテン、「植木や」にて求置(もとめおき)、小口切(こぐちぎり)にして、蔭ぼしにして、たくはへおき、「こうひ」出來たる時、サボテン少(すこし)斗(ばか)り、みそ汁にて煎(せんじ)、其汁を、あふのけに成(なり)て、口に、ふくみ居(を)るべし。自然(おのづ)と、のんどへ、みそ汁、とほりて、こうひ、直る也。
○又、一方。
燈心を、手一束に切(きり)て、燒鹽(やきじほ)を少(すこし)加へ、黑燒にして、其座にて、「くだ」にて、のんどへ、吹入(ふくい)べし。妙也。
○又、一方。
「なた豆」を黑燒にして、「くだ」にて、吹込(ふきこん)で、よし。
[やぶちゃん注:「なた豆」「鉈豆」。マメ目マメ科マメ亜科ナタマメ属ナタマメ Canavalia gladiata 。現行では福神漬に用いられることで知られる。]
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