譚 海 卷之十三 風のしるしの事 時の候うらなふ事 霜にて風をうらなふ事 雪降んとする候の事 土用中雨候の事 雨降らざる候の事 二十四節晴雨占候の事 入梅心得の事 灸治の事 養生の心得の事 / 卷之十三~了
○正に開かんとする花、結(むすび)て開きかぬる日は、風を催すしるし也。蜘蛛、みづから網を破るも、「暴風雨、有(あり)。」と知(しる)べし。
○鐘の聲、姶めの一ツ、二ツ打樣(やう)に聞ゆるは、晴の候也。
○霜の深くふりたる朝は、晝、かならず、風を起す。冬月、霜・冰(こほり)、とくるは、雪の候也。霜やけのかゆきも、雪の候也。
○土用入(いり)て十三日目は、必(かならず)、雨、降(ふる)と、いふ。
○夕暮、「いはし雲」とて、雲のかたち、まばらに敷(しき)たるは、久敷(ひさしく)晴のつづくベきしるし也。詩にも「魚鱗天不ㇾ雨」とあり、とぞ。
[やぶちゃん注:津村は「詩」とするが、これは中国の諺で、「魚鱗天、不雨也風顚。」(魚鱗(ぎよりん)の天(てん)は、雨(あめふ)らずして、風(かぜ)、顚(はじ)む。)。]
○節(せつ)十五日の中(うち)に、五日め、殊に、時候、かはる也。又、節、換りて、五日の間、晴天なれば、その後(あと)の五日は雨天也。又、節より五日過ぎても、天氣つづきて晴(はる)る時は、十一日めより、雨、降(ふる)也。晴雨、如ㇾ是(かくのごとき)を以て、うらなふに、大樣(おほやう)、たがふ事、なし。旅行の人、殊に思ふべき事也。
[やぶちゃん注:「節十五日」太陰太陽暦に老いて各節分を基準に一年を二十四等分して約十五日ごとに分けた季節のことで、細かに言うと、二十四節気は、一ヶ月の前半を「節」と呼、後半を「中」と呼ぶ。その区分点となる日に季節を表すのに相応しい春・夏・秋・冬などの名称を附したのである。]
○入梅廿日目、土藏を掃除して、書籍・衣裳の類(るゐ)を出(いだ)し、土藏の外の室(へや)に置(おく)べし。出梅の後(のち)、「かび」を生ずといへども、土藏の外に有(ある)物は、「かび」を、おほく生ずる事、なし。
○灸治、冬月・春初までは、なすべからず。すうるといへども、功、薄し。春・秋は、體(からだ)ゆるみ、脈、ひらくる故、すべて、功、有(あり)。
○甘きものは、小兒に、害、有(あり)。愛におぼるゝとも、しばらく、あたふべからず。酒は、終(つひ)に、命を、そこなふ。
長夜(ちやうや)の飮(いん)を、なすべからず。一獻三杯に限れば、一日、百飮すとも、さまたげず。
飢(うゑ)て、大食するは、害を、なさず。美味ありといへども、滿腹にやみて[やぶちゃん注:「已みて」で「満腹することない異常な状態になって」の意であろう。]、かさね、くらふべからず。
すみやかに、はしるべからず。元氣を損じ、且つ、まづまづ、あやまち有(あり)。
形を勞(らう)して、心を勞すべからず。晝、緊要(きんえう)の事に處(しよ)するとも、寢るに就(つい)て、わするゝが如く、すべし。
飯に石あるをば、愼(つつしみ)て、かむべからず。老に臨(のぞみ)て、齒さき、おとろへ安し。
夜をつらねて、房宿すべからず。精を減じ、明(めい)を失(なく)し安(やす)し。
思慮は、眠(ねむり)を、さまたげ、憂患(いうかん)は、死を、まねく。
冨貴(ふうき)は願ふ所といへども、分(ぶん)を知りて、不義の行(おこなひ)をなすべからず。常に、我(われ)、つたなきをしり、人におくるることをせば、困窮の中(うち)に居(を)るといへども、安んずる事あるべし。天下の人、冥加をしり、幸(さひはひ)を得て、恐るる心あらば、こひねかはくは、一生を保(たもつ)べし。
[やぶちゃん注:「夜をつらねて、房宿すべからず」連夜、性交渉をもってはいけない。]