譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(5)
○「かく」のくすり。
根津權現總門脇右側、御書物方同心衆、井田政右衞門と云(いふ)人の所に有(あり)。奇妙也。
[やぶちゃん注:「かく」底本ではこの右に編者補正注で『(霍)』とある。「霍亂」であろう。急性日射病で昏倒する症状や、真夏に激しく吐き下しする病気の古称である。急性胃腸炎・コレラ・疫痢などの総称に該当するものとされるが、「霍亂」は古くから二字熟語で用いられることの方が多い。先行する「譚 海 卷之十三 かくの病ひ妙藥の事」が、内容がほぼ一致する。]
○「かく」にて、藥を、かへし、うけざるには、
山ある所の赤土を取(とり)て、池を、こしらへ、藥を、せんじて、一時ほど、此池に入(いれ)て置(おき)、取出(とりいだ)し用(もちゆ)る時は、藥、かへす事、なく、服用せらるゝ也。粥も如ㇾ此して用れば、かへさず。
但、池、造(つくり)がたき時は、大成(だいなる)瀨戶物の内を、赤土にて、ぬり、麻の切れを敷(しき)て、其中へ、煎藥(せんじぐすり)を、ひたし置(おき)て、用(もちい)ても、よろし。只、土と、藥と、ひとつにならぬやうにする斗(ばか)り也。
○齒の痛(いたみ)には、
正月の「うらじろ」【齒朶(しだ)の事。】貯置(たくはへお)き、きざみて、切れに包み、ふくみ居(を)れば、治す。
[やぶちゃん注:「うらじろ」シダ植物門シダ綱ウラジロ目ウラジロ科ウラジロ属ウラジロ Gleichenia japonica 。]
○又、一方。
「こずいほう」・乳香(にゆうかう)、右、二味、等分、粉にして、はぐきへ、すり付(つけ)て、よし。
[やぶちゃん注:「こずいほう」不詳。識者の御教授を乞う。
「乳香」インド・イランなどに産する樹の脂(やに)の一種で、盛夏に砂上に流れ出でて固まり、石のようになったものを指し、香料・薬用とする「薫陸香」(くんりくこう:呉音で「くんろく(っ)こう」とも読み、「くろく」「なんばんまつやに」などとも呼ばれる。その中で乳頭状の形状を有するものを特に「乳香」と称し、狭義にはムクロジ目カンラン科ボスウェリア属 Boswelliaの常緑高木から採取されるそれを指すとされる。]
○又、一方。
雞冠雄黃・乾姜(ほししやうが)、右、二味、細末、「はぐき」へ、ぬる。
[やぶちゃん注:「雞冠雄黃」硫化ヒ素As2S3の鉱物の一種である「鶏冠石」を卵形に加工したもの。殺菌効果があるが、毒性が強い。]
○又、一方。
「さるをかせ」、かみて居(を)れば治る也。始(はじめ)に出(いづ)。
[やぶちゃん注:「譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(4)」の「○齒の痛(いたみ)を止(とむ)る藥」「霧精【「さるをがせ」と云(いふ)物。】一味、かみて居(を)れば、卽時に治する也」を指す。そちらの私の注を参照されたい。]
○齒ぐき、はれ、いたむには、
石膏大・黃柏小【但(ただし)、石膏を、少々、餘計なるが、よし。】
右、二味、「きぬ」に、つゝみ、はに、くはへゐて、度々(たびたび)、「つばき」を、はくときは、いたみ、とまる也。
○又、一方。
升麻(しやうま)・露蜂房(ろほうばう)・靑木香(しゃうもくかう)和・黃連和・乳香・丁子・黃柏(わうばく)、以上、七味、目方、各(おのおの)、等分。
右、せんじて、其汁へ、燒鹽を、少々、すり入(いれ)て、はの、いたむところへ、ふくみ、度々、吐出(はきいだ)す時は、口、ねつ、とれて、治る也。
[やぶちゃん注:「升麻」「ショウマ」は漢方生薬。キンポウゲ目キンポウゲ科サラシナショウマ属サラシナショウマ Cimicifuga simplex の根茎を天日乾燥させたもの。ウィキの「サラシナショウマ」によれば、これは、『発汗、解熱、解毒、胃液・腸液の分泌を促して胃炎、腸炎、消化不良に効果があるとされ』、各種『漢方処方に配剤されている』とあり、さらに、『民間では』、一『日量』二『グラムの升麻を煎じて、うがいに用いられる』とする。さらに、『なお、本種に似たものや、混同されて生薬として用いられたものなど、幅広い植物にショウマの名が用いられている』とある。最後の部分は、ウィキの「ショウマ(植物の名)」も参照されたい。
「露蜂房」膜翅(ハチ)目スズメバチ亜目スズメバチ上科スズメバチ科アシナガバチ亜科アシナガバチ属キボシアシナガバチ Polistes mandarinus、或いは、スズメバチ科スズメバチ亜科スズメバチ属オオスズメバチ Vespa mandarinia などの蜂の巣を基原とする漢方生薬。「ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 」の「ロホウボウ(露蜂房)」によれば、「神農本草経」に載る古くからの処方で、本邦の『民間療法では、「化膿性の腫れや痛みに、半分は生のままで、半分は炒って混合粉末として服用する。虫刺されに、粉末を水または胡麻油で練って貼る。粉末を蜂蜜で練って飲むと強壮剤となり、乳汁不足、麻痺などに効果がある。黒焼きの粉末を酒や甘酒で服用すると、乳汁不足、夜尿症、腎臓病などに効果がある。火傷、とびひには黒焼きの粉末を胡麻油で練って外用する」などの用い方が知られており、黒焼きとして用いることが多いのが特徴』とあった。
「靑木香」(しょうもっこう)は「馬鈴草」(うまのすずくさ:コショウ目ウマノスズクサ科ウマノスズクサ亜科ウマノスズクサ属ウマノスズクサ亜属ウマノスズクサ Aristolochia debilis )の異名。過去、漢方薬種の一つとしたが、ウィキの「ウマノスズクサ」によれば、『含有成分であるアリストロキア酸が腎障害を引き起こすため、薬用とはされなくなった』とあった。
「和」単に「少し混ぜる」の意か、又は、漢方ではない「和方」の意か。
「黃連」既出既注だが、再掲すると、キンポウゲ目キンポウゲ科オウレン属オウレン Coptis japonica の髭根を殆んど除いた根茎を乾燥させたもの。
「丁子」既出既注だが、再掲すると、クローブ(Clove)のこと。バラ亜綱フトモモ目フトモモ科フトモモ属チョウジノキ Syzygium aromaticum のこと。一般に知られた加工材のそれは、本種の蕾を乾燥したものを指し、漢方薬で芳香健胃剤として用いる生薬の一つを指し、肉料理等にもよく使用される香料である。
「黃柏」ムクロジ目ミカン科キハダ属キハダ Phellodendron amurense の黄色い樹皮を乾した漢方生薬。]
○「蟲ば」を治する法。
「にら」の玉を、土器の内へ入(いれ)、火にかけ、あたゝめ、其中へ、胡麻のあぶらを、少し、おとせば、「にら」、はりはりと、なる也。其とき、銅の上戶(じやうご)を土器の上へ、かぶせ、上戶の口を、「蟲ば」の、いたむ方(かた)の耳へ、あてて、「にら」の煙を、耳の内へ、いるゝやうにすれば、「蟲ば」、治して、四、五年づつは、大(おほ)おこり、せぬ也。若(もし)、「蟲ば」の蟲を、みたき時は、さらへ、水を、いれ、其中へ此(この)火鉢を置(おき)、如ㇾ此すれば、蟲、ことごとく、水に、うかんで、みゆる也。
[やぶちゃん注:最後の叙述から、全く信じ難い。但し、前半部は、当該ウィキによれば、ニラには、『ニンニクの成分であるアリインに似たアリルスルフィドという含硫化合物の精油成分を多く含む』。『この成分は、炎症を鎮め、汗を出して熱を下げる作用があるといわれている』とあるから、齲(むしば)の痛みによって、頭部側辺のリンパ腺が腫れていれば、それへの対症効果は認められる可能性はあろう。]
○又、一方。
羗蜋(きやうらう)の黑燒、耳かきに、一すくひ、「蟲ば」の穴へ入(いる)べし。妙也。
[やぶちゃん注:「羗蜋」前回で既出既注。]
○又、一方。
牛房[やぶちゃん注:「牛蒡」であろう。]の種を煎(いり)て、常の如く、せんじて、ふくみて、治す也。
○蟲齒の「まじなひ」。
紙を、三十二に折(をり)て、「蟲」といふ字を書(かき)て、「かなづち」にて、うち、はしらに、はさみ置(おく)べし。
[やぶちゃん注:ありがちな共感呪術である。]
○ねぎ・にんにく抔(など)くひて、口の、くさきを、なほす法。
「なんてん」のはを、せんじ、其湯を、のめば、なほる也。
○又、一方。
飴を、一切れ、くひて、其後にて、水を、一口、のめば、なほる也。
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