譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(2)
○直(なほ)りこじれたる目の仕上(しあげ)には、
艾葉(よもぎば)八錢[やぶちゃん注:約三十グラム。]ばかり、とゝのへ、火鉢へ、段々に燒(やき)て、火鉢へ鐵久(てつきう)[やぶちゃん注:鉄串。]をわたし、此「てつきう」のうへへ、御寶燒[やぶちゃん注:底本では「寶」の右に編者補正注で『(室)』とある。]の茶碗をふせて、茶わんの内へ、「もぐさ」の油煙をとり、「ゆゑん」のうすらかに黑くたまりたるとき、茶わん、とりなをし[やぶちゃん注:ママ。]、すゑおき、茶わんへ、湯を、一ぱいに、つぎこみ、そのまゝ、湯を、すて、そのあとへ、又、湯を三分目ほど、いれ、小刀にて「ゆえん」を、こそげおとし、黃連の細末を「むくろじ」ほど入れて、かきまぜ、其(その)「うは水」の、すみたるを、指につけて、目に、さすべし。血を治(をさ)め、眼をよくする事、妙也。
[やぶちゃん注:前回、既出既注。一度、注したものは、以降、挙げない。]
○目のいたむを治する藥、水仙の「はな」を、「かげぼし」にして仕𢌞置(しまはしおき)、眼のいたむときに、花一りんを、湯に、ひたし、度々、あらふべし。一日に治す。
○目のかすむには、
へちまの水をぬれば、明らかに成(なる)也。
又、河豚(ふぐ)の肝(きも)のあぶらを、常に「ともしあぶら」に用ゆるときは、よく、目を、あきらかにす。
○「とりめ」には、
鯛の「しほから」を、くらふ時は、治す。
[やぶちゃん注:「とりめ」「鳥目」。夜盲症。夜になると、視力が著しく衰える病気。ビタミンAの欠乏が主因。]
○「やみめ」には
黃達、一味、せんじ上(あげ)たる水にて、あらひて、よし。
[やぶちゃん注:「やみめ」「病み眼」であろう。]
○「つきめ」には、
水仙の根の玉を、摺鉢にて、粘(ねばつち)の樣に、ねばるまで、すり、紙を、眼の大(おほい)さより、一倍に、引(ひき)さき、其紙へ、水仙をすりたるを、べつたりと付(つけ)て、いたむめへ、はりて、一夜さし置(おく)べし。治する事、妙也。
[やぶちゃん注:「つきめ」「突き目」。目を突くことによる外傷であるが、一般には角膜の突き傷から細菌が侵入して起こる化膿性角膜炎、別名、匐行(ふくこう)性角膜潰瘍を指す。角膜上皮が健全であれば、通常の化膿菌は角膜に侵入出来ないが、上皮が欠損した部分は菌の侵入口になってしまう。菌は突いた物体に付着したものの場合もあり、また、結膜嚢に寄生的に存在した菌のケースもある。往時には、木の枝や稻の葉先による刺傷など、農業従事者に、よくみられた。慢性涙嚢炎などで菌が存在する場合は準備状態にあるといえる。潰瘍部で角膜が穿孔して炎症が眼内に及ぶと、全眼球炎となって、失明する。早期に病原菌を調べ、有効な抗生物質を局所及び全身に用いて治療を行うことが必須である(主文は小学館「日本大百科全書」に拠った)]
○又、一方。
烏蛇【カラスヘビノコト】と尾を去(さり)、「はらわた」をも、去て、古酒に、ひたす事、凡(およそ)一ケ月、其後、紅花一味を、蛇の腹に、つめて、黑燒に致し置(おき)、「め」を、つきたる時、卽時に用(もちゆ)べし。
[やぶちゃん注:【 】は二行割注。以下、同じなので、向後は注しない。
「烏蛇」「カラスヘビ」「烏蛇」これはアオダイショウ(青大将:ナミヘビ科ナミヘビ亜科ナメラ属アオダイショウ Elaphe climacophora )、及び、ナミヘビ科ナミヘビ亜科ナメラ属シマヘビ Elaphe quadrivirgata 、或いはクサリヘビ(鎖蛇)科マムシ亜科マムシ属ニホンマムシ Gloydius blomhoffii の孰れかを指す広汎な地方名である。「カラスヘビ」は文字通り、烏のように「黒い蛇」「黒く見える蛇」「暗い色をした蛇個体」を通称総称するものであり、種名ではない。なお、ヘビ亜目ナミヘビ科ナメラ属シマヘビ Elaphe quadrivirgata の黒化型(melanistic:メラニスティック)個体の別名とする記載もある。]
○又、一方。
蠅(はい)[やぶちゃん注:後のひらがな表記に従った。]の頭斗(ばか)りを切(きり)て、木綿切(もめんぎれ)へ、押付(おしつく)れば、血が付(つく)也。如ㇾ此、いくらも、いくらも、「はい」のあたまの血を取(とり)て、木綿へ付(つけ)たるを貯置(たくはへおき)、「つきめ」せし時、其血を、乳汁(ちちじる)に、ときて、「め」に付(くつ)れば、直る事、妙也。
[やぶちゃん注:蠅を含む昆虫類の血液には殆んどヘモグロビンを含んでいないので、赤くない(昆虫の捕食対象によって黄色や緑色を帯びることはある)から、蠅の頭部を潰した際に見られる赤い色というのは、頭部にある臓器に沈着した色としか思われない。孰れにせよ、この民間療法は完全アウトである。]
○又、一方。眼の疵、一切に、よし。
「ちゝ草」【人家、瓦の間、又は、荒地に生(しやう)ずる物、枝を折(をる)時は、白く、ねばりたる乳のやうなる汁(しる)、出(いづ)る。手に付けば、殊の外、ねばるもの也。】
右の汁を取(とり)て、婦人の乳を、少し、まぜ、夫(それ)へ、耳かきにて、輕粉(けいふん)を、一すくひ、入て、能々(よきよく)、かきまぜ、眼へ、させば、一、二日の内に治する事、妙也。
[やぶちゃん注:「ちゝ草」「乳草」。茎や葉を切ると、乳のような液を出す草木で、複数種ある。ガガイモ(リンドウ目ガガイモ科ガガイモ属ガガイモ Metaplexis japonica )・ノゲシ(キク目キク科タンポポ亜科ノゲシ属ノゲシ Sonchus oleraceus )・ノウルシ(キントラノオ目トウダイグサ科トウダイグサ亜科トウダイグサ属ノウルシ Euphorbia adenochlora )など。「ちぐさ」とも呼ぶ。ノウルシは有毒植物なので、カットだな。
「輕粉(けいふん)」粉白粉(こなおしろい)。「はらや」とも呼ぶ。伊勢白粉。白粉以外に顔面の腫れ物・血行不良及び腹痛の内服・全般的な皮膚病外用薬、さらには梅毒や虱の特効薬や利尿剤として広く使用された。伊勢松坂の射和(いざわ)で多く生産された。成分は塩化第一水銀Hg₂Cl₂=甘汞(かんこう)であり、塗布でも中毒の危険性があり、特に吸引した場合、急性の水銀中毒症状を引き起こす可能性がある。現在は使用されていない。]
○又、一方。
雀五羽を集(あつめ)て、雀の「め」へ、針を、さし、血、少しづつ出(いづ)るを、蛤貝(はまぐりがひ)へ、ためて、眼に、さすべし。治する事、妙、也。但(ただし)、雀の眼の血をとる事、めつたに、針をさしても、血、出(いづ)る事、なし。血の取處(とりどころ)有(あり)、口傳(くでん)ならでは、知(しり)がたし。
○又、一方。
「まこも」の黑燒に、「上野砥(かうづけといし)」、少(すこし)斗(ばか)り、よく、すりまぜて用(もちゆ)べし。
[やぶちゃん注:「まこも」単子葉植物綱イネ目イネ科エールハルタ亜科 Ehrhartoideae イネ族マコモ属マコモ Zizania latifolia 。博物誌は私の「大和本草卷之八 草之四 水草類 菰(こも) (マコモ)」を参照されたい。
「上野砥」群馬県甘楽(かんら)郡産。江戸時代は御用砥石として知られたものであった。]
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