譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(21)
○みもちの婦人、麻疹(はしか)する時、傷產(しやうざん)せぬ方。
「伏龍肝(ぶくりゆうかん)」一味、水に、とき、臍のあたり、すべて胎(たい)の有(ある)あたりへ、ぬるべし。傷產する事、なし。寶町桐山、三ケ所にあるもの、よし。
[やぶちゃん注:「傷產」読みは以下の読みから推測。死産・流産、或いは、胎児が母から麻疹に感染したり、或いは、その結果として、何らかの障碍を持って生れて来ることか。
「伏龍肝」前回で既出既注だが、再掲すると、「株式会社ウチダ和漢薬」公式サイトの「ブクリュウカン(伏龍肝)」を見られたい。]
○「たむし」を治する奇方
「はらや」、一箱の目かたに、「かたべに」、五、六丁目、くはふ。右、二味を、「ぬかのあぶら」にて、ねりて、たくはひ置(おき)、それを酢にて、とき、付(つく)べし。いかやうの「たむし」にても、跡なく、治す。但(ただし)、「はらや」は、水かねを燒(やき)たるもの也。一箱の價(あたひ)、銀十匁程、「ぬかのあぶら」のとりやうは、茶わんを、紙にて、くゝりふたぎ、紙の上へ、「ぬか」を、もり、「ぬか」へ火を付(つく)れば、「ぬか」、もゆるに隨(したがひ)て、段々、茶わんへ、紙を、こして、油、したゝる也。
[やぶちゃん注:「たむし」「田蟲」。白癬の一種で、皮膚に小さな丸い斑点が生じ、それが次第に周囲に向かって円状(銭状)に広がって、中央部の赤みが薄れて輪状の発疹となる。痒みが激しい。股間に生ずるものは特に「陰金田虫」(いんきんたむし)という。銭田虫。
「かたべに」「形脂」で「かたべに」と読む。紅花(双子葉植物綱キク亜綱キク目キク科アザミ亜科ベニバナ属ベニバナ Carthamus tinctorius )から採った、どろどろした艷紅(つやべに)を乾燥させたもの。口紅・印肉・食料品の染色材料とされる。]
○又、一方。
硫黃・大黃・明礬、三味、粉にして、酢にて、付(つく)る。
○田蟲・水蟲・しらくも・あせも。
右の藥、正恭(まゆき)、家方(かはう)也。こゝに、しるさず。
[やぶちゃん注:「正恭」作者津村淙庵の本名。書かんカイ! アホンダラ!]
○「魚の目」には、
蜂の子の、かへらぬ内に取(とり)て、すりつぶし、付(つけ)て、よし。
○「いぼ」をぬく藥。
餅米を、粉にして、石灰に和し、水に、とき、ぬり付(つく)べし。但(ただし)、「いぼ」を、いろひ[やぶちゃん注:「綺(いろ)ふ」。手でいじる。]たる手にて、外の所をかき、又は、なで、など、すべからず。其まゝ、うつりて、「いぼ」、出來(いでく)る也。
[やぶちゃん注:この但し書きのそれは、ウイルス性イボ=尋常性疣贅(ゆうぜい)であることを意味する。]
○名のしれぬ腫物、出來(でき)たるには、
白つゝじの花、一匁、集置(あつめおき)て、水にひたし、洗ふべし。如ㇾ此して、いえざるときは、「みぞはぎ」の花、一匁、加へて洗(あらふ)べし。治する也。
[やぶちゃん注:「みぞはぎ」フトモモ目ミソハギ科ミソハギ属ミソハギ Lythrum anceps 。私の「大和本草卷之八 草之四 水草類 鼠尾草(みそはぎ) (ミソハギ)」を参照されたい。]
○なほりこじれたる出來物には、
鮒(ふな)を生(いき)たるまゝにて、はらわた・鱗共(とも)に、「すり鉢」にて、すりつぶし、「そくゐ[やぶちゃん注:ママ。]」で、まぜ、紙にぬりて、付(つく)べし。
[やぶちゃん注:「そくい」「續飯」。既出既注だが、再掲しておくと、飯粒を練りつぶして作った粘りけの強い糊のこと。]
○禁穴へ出來たる腫物(はれもの)を、外へ引(ひき)て治する方(はう)。
寒中の「むぐらもち」を黑燒にして、胡麻の油にて、とき、腫物の引たき所へ、腫物より、胡麻の油にて、筋を、ひき、幾度も、其所へ、指に油をぬり、ひけば、禁穴の腫物は直りて、油、引たる所へ、「むくり」と出來(いでく)る也。其所にて、膏藥にても、治する方を用(もちい)て、療治すべし。
[やぶちゃん注:「禁穴」命に拘わる急所。
「むぐらもち」モグラの古称。]
○もろくもろ腫物には、
犬山椒の實を、すり付(つく)べし。
○腫物に付(つけ)てよき藥、諸病に用(もちい)て、よし。
忍冬を、二寸程に切(きり)て、澤山に拵へ、せんずべし。尤(もつとも)、水、澤山、入(いれ)て、二日ほど、せんじ、五斗の水三升程に成(なる)を待(まち)て、絹にて、粕(かす)を、こしさり、其跡へ、金銀花を細末にし、入(いれ)て、又、せんじつめて、地黃のやうに、かたまりたるとき、火より、おろすべし。右、用(もち)ゐやう、一日に十匁ほどづつ、朝夕二度に、のむべし。腫物には付(つけ)ても、よし。
[やぶちゃん注:「金銀花」マツムシソウ目スイカズラ科スイカズラ属スイカズラ Lonicera japonica の異名、及び、棒状の蕾の生薬名。当該ウィキを見られたい。]
○「つぶり」へ出來物せしには、
茵蔯十匁・「すひかづら」二十匁、合(あはせて)三十匁、右を、三つに、わけ、三日ほどして、一日分へ、大柄杓で、水、五はい、入(いれ)て、四はい半に、せんじつめ、あらふべし。半時程づつおいて、一日にて、八度、洗(あらふ)べし。
[やぶちゃん注:「茵蔯」既注の「茵蔯湯」の主剤の「インチンコウ」=キク亜綱キク目キク科ヨモギ属カワラヨモギ Artemisia capillaris の頭花であろう。]
○又、一方。
こき白水へ(しろみづ)、靑袋、一味、加へ、煎(せんじ)、洗(あらふ)べし。一日に、二、三度も、あつく、わかし、あらへば、内へ入(いる)事、なし。
[やぶちゃん注:「白水」米の研ぎ汁。
「靑袋」これは恐らく「靑黛(せいたい)」の津村の誤記であろう。国立国会図書館本を見ると、ひらがなで『せいたい』となっているからである。「慶應義塾大学医学部消化器内科」公式サイト内の「慶應義塾大学病院IBD(炎症性腸疾患)センター」の「センターからのお知らせ」の「青黛もしくは青黛を含有している漢方薬を使用している患者さんへ」の冒頭部に、『 青黛(せいたい)とは、リュウキュウアイ、ホソバタイセイ等の植物から得られるもので、中国では生薬等として、国内でも染料(藍)や健康食品等として用いられています。近年、潰瘍性大腸炎に対する有効性が期待され、臨床研究が実施されているほか、潰瘍性大腸炎患者が個人の判断で摂取する事例が認められています』。しかし、『今般、青黛を長期に服用した潰瘍性大腸炎患者において、青黛の服用と因果関係の否定できない肺動脈性肺高血圧症が発現した症例が複数存在することが判明したことから、厚生労働省が関係学会等に対して注意喚起を行いました』(以下略)とあった。例示された基原植物は、シソ目キツネノマゴ科イセハナビ属リュウキュウアイ Strobilanthes cusia と、アブラナ目アブラナ科タイセイ属ホソバタイセイ Isatis tinctoria である。]
○又、一方。
白朮の粉を、すり付(つけ)、すり付、すべし。
○又、一方。
「淸上防風湯」、荊芥(けいがい)を去(さり)て、せんじ、服すべし。
[やぶちゃん注:「淸上防風湯」「6」で既出既注。]
○「ねぶと」は、
「みそ」を、ひらたくして、「はれ物」の上へ置(おき)、灸すべし。膿をもつ事、はやし。扨(さて)、膏藥にて治すべし。
[やぶちゃん注:「ねぶと」「根太」。ここは所謂、「おでき」の一種としておく。大腿部や臀部などに発し、赤く腫れて硬く、中心が化膿して時に激痛がある。「疔」(ちょう)や「癰」(よう)等とも呼ぶ。但し、鼠径リンパ節に痛みのある腫脹が発生する症状の中には、性病の軟性下疳や硬性下疳の場合もある。]
○又、一方。ふるき紙子(かみこ)を付(つく)るも、よし。
[やぶちゃん注:改行なしは、ママ。]
○癰疔(ようちやう)には、
「萬病感應丸」、よし。食傷の所に有(あり)。
[やぶちゃん注:「癰疔」皮膚の急性化膿性炎症の内、単一の腺に起るのを「癤」(せつ)と呼び、隣りあう多数の腺に群がって起こるものを「癰」と言う。これはその中・重度の様態を指すと考えてよいか。
「萬病感應丸」「16」で既出既注。]
○「しつ」をひ出し藥。
正月の「かざりえび」を、せんじ、其汁を飮(のむ)べし。
[やぶちゃん注:『「しつ」をひ出し藥』「しつ」「濕瘡」であろう。皮膚病である疥癬(かいせん)虫(節足動物門鋏角亜門蛛形(クモ)綱ダニ目無気門亜目ヒゼンダニ科ヒゼンダニ属ヒゼンダニ Sarcoptes scabie )の寄生によって皮膚に湿疹を発し、全身に広がって痒みを起こさせるもの。「かいせん」「ひぜん」。後半は「追(お)ひ出し藥」であろう。]
○又、一方。
巴豆(はづ)・大風子(だいふうし)・黑胡麻。各、等分。いりて、用ふべし。
右、三味、「大ぐはんの油」にて、ねり、絹に包み、一夜、酒に、ひたし、翌日より、總身(さうみ)へ、ぬる也。一日に、三度づつ、ぬる也。顏と、まへと、「いんのう」をよけて、ぬる也。右、三日一ぷくを用(もちゆ)べし。三日の内、酒、不足に成(なり)たらば、つぎたし、つぎたしして、ぬるべし。三日目の夜、はじめのくすりを、すてて、あらたに、ひたし、翌日より、其藥を、四日、ぬるべし。第八日目に、米の「とき水[やぶちゃん注:ママ。]」を、たくはひ置(おき)、ゆに、わかし、行水すべし。行水する内より、「しつ」、ことごとく、いえて、かしらの「ふけ」の如くに、直(なほ)る也。每日、段々、直りて、半月程にて、元のはだのごとくに成(なる)也。此藥、「しつ」を内へ入(いる)る事、なし。「しつ」、根を切(きり)て、二度、おこらず。右の療治中、木綿にて手袋を拵へ、飯をも、手袋の上へ、のせて、くふべし。決して、手にて、顏などを、いらふべからず。「はし」の先を、けづり置(おき)て、それにて、髮抔(など)をも、かくやうに、すべし。「いんのう」、「いんきやう」をも、よく、つゝみて、藥のつかぬやうに、すべし。
[やぶちゃん注:「いんきやう」底本では、右に編者右傍注があり、『(陰莖)』とある。
「大風子」大風子油(だいふうしゆ)のこと。当該ウィキによれば、キントラノオ目『アカリア科(旧イイギリ科)ダイフウシノキ属』 Hydnocarpus 『の植物の種子から作った油脂』で、『古くからハンセン病の治療に使われたが、グルコスルホンナトリウムなどスルフォン剤系のハンセン病に対する有効性が発見されてから、使われなくなった』とあり、『日本においては江戸時代以降』、「本草綱目」『などに書かれていたので、使用されていた。エルヴィン・フォン・ベルツ、土肥慶蔵、遠山郁三、中條資俊などは』、『ある程度の』ハンセン病への『効果を認めていた』とある。
「大ぐはんの油」これは、キントラノオ目トウダイグサ科アブラギリ属アブラギリ Vernicia cordata から採取される油と思われる。]
○「しつ」はらい[やぶちゃん注:ママ。]藥。
山歸來(さんきらい)【又、十番皮も用(もちゆ)。】・木瓜(ぼけ)・木通(あけび)・防風・皂角子(さうかくし)【各等分。】・金銀花【二倍。】
右、せんじ藥にして、入梅雨濕(うしつ)の比(ころ)、用(もちゆ)べし。
[やぶちゃん注: 「山歸來」中国南部・台湾に自生する多年生草本である単子葉植物綱ユリ目サルトリイバラ科シオデ属ドブクリョウ(土茯苓) Smilax glabra の塊茎を乾したものを基原とする漢方生薬。当該ウィキによれば、『古くは梅毒の治療薬(梅毒の治療に水銀が用いられていたが、水銀中毒を防ぐために合わせて服用された』『)として知られ、梅毒が大きな問題となっていた江戸時代の日本では、国産が不可能なこともあり』、『毎年のように大量に輸入され、安永』六(一七七七)年には五十六『万斤もの輸入があった』とあり、『身近なところでは便秘薬で有名な毒掃丸シリーズ(ドクソウガンE、複方毒掃丸、新ドクソウガンG)に便秘に伴う吹出物、肌あれなどの改善目的で配合されている』とある。但し、単子葉植物綱ユリ目サルトリイバラ科シオデ属サルトリイバラ Smilax china をも「山帰来」と呼ぶとあり、当該ウィキによれば、東アジア(中国・朝鮮半島・日本)に分布し、『秋に掘り上げて』、『日干し乾燥させた根茎は薬用に使われ、利尿、解毒、皮膚病に効果があり、リウマチの体質改善に役立つと考えられてきた』。『漢方では菝葜(ばつかつ)とよんで、膀胱炎や腫れ物に治療薬として使われ』、『民間療法として、おでき、にきび、腫れ物などに』『服用する用法が知られている』とある。しかし、国外から入手していたこと、末期には皮膚変成が激しい梅毒の治療薬とされたことなどから考えると、ドブクリョウの方に分があるように私には思われる。
「十番皮」不詳。
「皂角子」マメ目マメ科ジャケツイバラ亜科サイカチ(皂莢)属サイカチ Gleditsia japonica の棘を基原とする漢方生薬。当該ウィキによれば、『腫れ物やリウマチに効くとされる』とある。]
○「しつ」のくすり湯。
柳の葉・桃葉・桑葉・忍冬・蓮葉・當藥(たうやく)。「湯の花」、少し、くはふ。
右、七味、きざみて、袋に入(いれ)、風呂に燒(やき)て、七日、入(はいる)べし。冬、葉のなきときは、此木の枝を、けづりて用(もちゆ)べし。
[やぶちゃん注:「當藥」 苦いことで知られる、リンドウ目リンドウ科センブリ属センブリ Swertia japonica の全草体を基原とする生薬。]
○「ひぜん」の藥。
黃芪(わうぎ)・大黃【各二匁。】・白朮・川芎(せんきゆう)【各一匁五分。】
右、四味、細末にして、まじりのなき「そば粉」二匁、入(いれ)、一劑にして、三度に、服すべし。十時《じふとき》ほどにして、小便、必(かならず)、にごる。其(その)にごり、澄むまで、白湯(はくたう)にて、用(もちゆ)ベし。但(ただし)、此藥、用る中(うち)、靑物・油揚の物を、堅く、いむ。
[やぶちゃん注:「黃芪」マメ目マメ科ゲンゲ属キバナオウギ Astragalus membranaceus の根を基原とする生薬。当該ウィキによれば、『止汗、強壮、利尿作用、血圧降下等の作用がある』とある。]
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