譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(8)
○せぼね、寸尺。
大椎の兪(ゆ)と、廿一椎の下、腰兪(えうゆ)の穴に瑕點(かりてん)を付(つけ)て、右、大尺を以て、大椎の穴より腰兪まで「何寸何分」と度(はか)る。譬(たとへ)ば、「六寸五分」あるときは、左の小尺の上尺にて、大椎より、六寸五分の所に瑕點す。卽ち、七椎の下は、椎の上に當る。次に、中尺にて、此假鮎より、六寸五分の所、十四の下、十五の上に當る所に、復(また)、假點す。此假點より、下尺を以て度(はか)るに、六寸五分の所、腰兪也。此假點の間を、七つ宛(づつ)に割付(わりつけ)るときは、廿一節の長短、分明に具(そなは)りて、經旨(けいのむね)に、少(すこし)も、たがふこと、なし。
日本橋くれまさ町(ちやう)菓子屋にて、兪穴導引(だういん)の書を、あきなふ。折本(をりほん)にて、一卷、代、銀八分、「江戶書林大坂屋平三郞」と有(あり)。
[やぶちゃん注:「寸尺」これは、背骨の正常な状態かどうかを調べる各部位の正常距離を指しているようだ。興味が全くないので、他の注は附さない。
「日本橋くれまさ町」榑正町。サイト「江戸の町巡り」の「榑正町」によれば、現在の東京駅八重洲口の向かい直近。中央区日本橋三丁目(グーグル・マップ・データ)。『寛永切絵図にも見られる古い町』で、『「榑」とは皮の付いたままの材木のこと。昔は葦の生い茂る地で人家も少なく、江戸城修築の際に榑木の置き場であったため、のち町屋が開かれた時にこの名が付けられた』とある。]
○腰ひえ、又は、痔等に用(もちゆ)る「あらひ藥」。
紅花(べにばな)・黃柏(わうばく)・枳殻(きこく)【各二兩。】・奘葉【五兩。】甘草【一兩。】
右、五味を、水一升、入(いれ)て煎(せんじ)る也。是、「一番せんじ」也。「二番せんじ」、五升ほどにする也。「三番せんじ」、三升ほどになるを、まつて、用る也。
但(ただし)、「一ばんせんじ」、「二番せんじ」、「三番せんじ」の度(たび)ごとに、酒と、鹽とを、茶わんに一盃づつ、入(いれ)て、せんじあげ、用(もちゆ)る也。
[やぶちゃん注:「黃柏」ムクロジ目ミカン科キハダ属キハダ Phellodendron amurense の黄色い樹皮を乾した漢方生薬。
「枳殻」ムクロジ目ミカン科カラタチ属カラタチ Poncirus trifoliata の生薬名。未成熟或いは熟した果実を乾燥させたものを用いる。健胃・利尿・発汗・去痰作用がある。
「兩」「一兩」は、=「四分」=「六銖」で、現在の三十八・五グラムである。向後はこの注は附さない。]
○疝氣の藥。
大便のとき、白き蟲、「うどん」を延(のば)したるやうなる物、くだる事、有(あり)。此蟲、甚(はなはだ)、ながきものなれば、氣短に引出(ひきいだ)すべからず。箸か、竹など、卷付(まきつけ)て、しづかに卷付々々、「くるくる」として、引出し、内より、はいけみ、いだすやうにすれば、出(いづ)る也。必(かならず)、氣を、いらちて、引切(ひききる)べからず、半時計(はんときばかり)にて、やうやう、出切(いでき)る物也。此蟲、出切(いできり)たらば、水にて、よく洗(あらひ)て、黑燒にして、貯置(ためおく)べし。「せんき」に用(もちい)て、大妙藥也。此蟲、「せんき」の蟲也。めつたに、くだる事、なし。ひよつとして、くだる人は、一生、「せんき」の根を、きり、二たび、おこる事、なし。長生の「しるし」也。
[やぶちゃん注:「疝氣」大腸・小腸・生殖器などの下腹部の内臓が痛む疾患を広く指す。
『白き蟲、「うどん」を延(のば)したるやうなる物』所謂「サナダムシ」の類である。私の「和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蚘(ひとのむし)」の注を参照されたい。但し、「疝氣」との関連性は全くない。複数個体が寄生していても、殆んど自覚症状は出ないのが、普通である。]
○「せんき」・「腰いたみ」、忽(たちまち)、なほす方。
「鳥もち」を、大丸藥ほどに、まろめ、砂糖にても、「冰(こほり)おろし」にても、まぶし、五粒程、「さゆ」にても、茶にても、用(もちゆ)べし。
[やぶちゃん注:「鳥もち」鳥黐(とりもち)。製法は当該ウィキを参照されたい。
「冰(こほり)おろし」氷砂糖を細かくしたもの。「ざらめ」のこと。]
○疝氣の藥、「疝癪散」と云(いひ)、芝新橋橫町(よこちやう)・加賀町にて、商ふ。
右、土用に入(いる)日、寒に入る日、一年に、兩度、服する藥なり。此日に、此藥を用(もちゆ)れば、「せんき」・「しやく」、根を、きりて、おこらず。
[やぶちゃん注:「芝新橋橫町」現在の港区新橋二・三丁目(グーグル・マップ・データ)。
「加賀町」現在の中央区銀座七丁目(グーグル・マップ・データ)。]
○又、一方。
「そば粉」を、熱湯に、たてて、每朝、飮(のむ)時は、治する事、妙也。
○又、一方。
「やくも草」・「忍どう」、右、二味、等分、せんじ、用(もちゆ)べし。
[やぶちゃん注:「やくも草」漢方で全草を乾燥させたものを、産前産後の保健薬にしたことから、「益母草」と古くに呼んだ、シソ目シソ科オドリコソウ亜科メハジキ属メハジキ Leonurus japonicus 。
「忍どう」「忍冬」。マツムシソウ目スイカズラ科スイカズラ属スイカズラ Lonicera japonica の棒状の蕾を、天日で乾燥したもの。漢方生薬名は「忍冬藤(にんどうとう)」とも言う。]
○「せんき」・「腰いたみ」には、
またゝび一味、せんじて、其湯を飮(のむ)べし。卽功、有(あり)。
○疝氣・氣鬱・腎虛諸病の妙藥。
極上の古酒一升、冰砂糖(こほりざとう)小半斤、「益氣湯(えききたう)」十五貼(はり)。
右、三味を壺に入(いれ)、釜に、水を、はり、壺ともに、せんずべし。但し、壺の、水にひたるくらいにして、朝より、夕(ゆふべ)まで、せんじて、壺を取出(とりいだ)し、布にて、藥の糠(かす)を、こして、一七日(ひとなぬか)、壺に入(いれ)て、熟し置(おき)、其後、飮(のむ)べし。「益氣湯」のかはりに、「大補湯」を用る事もあり。其人の性(しやう)によりて、用捨あるべし。
○通治痛氣、「香感散」。
香附子(かうぶし)【目方二百目、かり色になるまで、火に、いりて、可ㇾ用。】茯苓(ぶくりやう)四十匁・木香(もつかう)十匁・甘草(かんざう)四匁、右、細末にして、平生、用(もちゆ)べし。
[やぶちゃん注:「香附子」単子葉類植物綱イネ目カヤツリグサ科カヤツリグサ属ハマスゲ Cyperus rotundus の根茎を乾燥させたもの。薬草としては、古くから、よく知られたもので、正倉院の薬物の中からも、見つかっている。漢方では芳香性健胃・浄血・通経・沈痙の効能があるとされる。
「木香」キク目キク科トウヒレン属モッコウ Saussurea costus 又は Saussurea lappa の孰れかの根から採れる生薬。薫香原料として知られ、漢方では芳香性健胃剤として使用されるほか、婦人病・精神神経系処方の漢方薬に多く配合されている。]
○「せんき」の名灸。
其人をたゝせて、晝より、其人の「へそ」にあたる所迄に、「よし」をたて、臍の所をあてに、「よし」を。へしをり、其葭(よし)を、其人の、うしろへ持(もち)まはりて、又、たゝみより、「よし」をたてて、へし折たる「よし」のあたるところの、骨の上ヘ、「灸てん」を付(つけ)、その後、五(いつ)の目に、五ところへ、「てん」を、つける也。⚄[やぶちゃん注:底本では、周りの枠を外した点のみ。]、「きうてん」のかたち、かくのごとし。左右上下の四つは、中指を、をりて、中の寸を、法(のり)として、「よし」のあたりたる眞中の「てん」の、左右上下、四(よつ)ところへ、「てん」を、つける。灸は一所へ、三つづつ、すゑる也。
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