柴田宵曲「古句を觀る」正規表現版電子化注 / 「夏」(25)
子規鯉の子うみにのぼる時 水 颯
この句に於けるほとゝぎすは、現在啼いてゐるものと見ないでもよろしい。ほとゝぎすの啼く頃といふ、漠然たる季節の感じである。ほとゝぎすが屢〻啼き渡る頃になると、水中の鯉も子を產む爲に上つて行く、といふ事實を敍したのであらう。一句に纏められて見ると、そこに自然な面白味が感ぜられる。
蘇東坡の詩に「竹外桃花三兩枝。春江水暖鴨先知。蔞嵩滿岸蘆芽短。正是河豚欲上時」といふのがあつた。季節による魚族の動きは、江邊垂釣[やぶちゃん注:「かうてうすいてう」。]の客の關心事であるばかりではない。自然を愛する詩人に取つても亦好個の題目でなければならぬ。さすがに俳人は傳統的なほとゝぎす以外に、かういふ消息を解してゐる。
[やぶちゃん注:蘇東坡の詩のそれは、以下。但し、三句目の「岸」は「地」が稿としては圧倒的。
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惠崇春江曉景
竹外桃花三兩枝
春江水暖鴨先知
蔞嵩滿岸蘆芽短
正是河豚欲上時
惠崇(ゑすう)の「春江曉景(しゆんかうげうけい)」
竹外の桃花(たうくわ) 三兩枝(さいりやうし)
春江 水(みづ)暖かにして 鴨(かも) 先づ知る
蔞嵩(ろうかう) 地に滿ちて 蘆芽(ろが) 短し
正(まさ)に是れ 河豚(ふぐ)の 上(のぼ)らんと欲する時
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而して、所持する岩波文庫の小川環樹・山本和義選訳「蘇東坡詩選」(一九七五年刊)や、中文の「Baidu百科」の「惠崇」他に拠れば、「惠崇春江曉景二首」の「其一」である。北宋の神宗の治世の元豊八(一〇八五)年十二月、開封(かいほう:現在の河南省開封市:グーグル・マップ・データ)の官にあった折りの作で、惠崇(九六五年~一〇一七年)は宋初の僧で建陽(現在の福建省三明市建寧県:グーグル・マップ・データ)の出身で詩と絵画に優れ、特に雁・鷺・鵝鳥などの題に長じ、詩人としては五言律詩を得意とし、仄めかしを避け、白を基調とした描写を好み、欧陽秀らから、高く評価されている。蘇軾この詩は古くから著名である。「蘇東坡詩選」には『「春江暁景」は画題』で、『暁を晩に作るテキストもあるが、宋本に従』ったとあり、『詩に首は題画詩であって、実景を詠じたものではない』とある。この「蔞嵩」は双子葉植物綱キク亜綱キク目キク科ヨモギ属 Artemisia の一種であるが、日本の諸注の指示する「オオヨモギ」(=「エゾヨモギ」・「ヤマヨモギ」)Artemisia montana は本邦以外では千島列島の分布で、ある記載にはヨモギ属シロヨモギ Artemisia stelleriana を挙げているが、これもオホーツク海沿岸以北の分布であり、ちょっと首を傾げる。なお、「蘇東坡詩選」の注では、『やまよもぎ。食用になる菊科の植物で、その浸し物は河豚(ふぐ)の毒を消すと言う』とあるから、やはり国外の北方から齎された前二者の孰れか、或いは、両種なのだろうか? 「蘆芽」アシの芽。「蘇東坡詩選」の注には、『これもスープにすれば解毒の効ありとされた』とあり、注の最後には、『河豚「春江晩景」に描かれてあったわけではなく、その画から連想されたのである』とある。「河豚」ここに出る種は海域から淡水へ回遊する十数種のみ知られる淡水に適応したフグである、この場合は、フグ目フグ科メフグ Takifugu obscurus を挙げておいてよかろう。「市立しものせき水族館 海響館」公式サイト内の「メフグ」に、『東シナ海、南シナ海にすんで』おり、『中国や朝鮮半島の河川でもみられ』、『主に海水で生活しており、成長し繁殖時期を迎えると』、『河川へ上っていくため、海水と淡水両方での飼育が可能で』、『食用としては日本ではあまり馴染みが』ないものの、『韓国では美味なフグとして食べられてい』とある。]