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2024/05/07

譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(9)

○乳を小兒にかまれ、いたむには

 「やまめ」といふ魚の、黑燒を付(つけ)て、よし。

[やぶちゃん注:条鰭綱サケ目サケ科サケ亜科タイヘイヨウサケ属サクラマス亜種ヤマメ(サクラマス)Oncorhynchus masou masou 。本種は、サクラマスのうち、降海せず、一生を河川で過ごす陸封型個体を指す。北海道から九州までの河川の上流などの冷水域に棲息する。詳しくは、私の『フライング公開 畔田翠山「水族志」 ヤマベ (ヤマメ)』がよかろう。]

 

○乳の疵、なをる方。

 蛇退皮(へびのぬけがら[やぶちゃん注:珍しい底本のルビ。])を黑燒にして、胡麻の油にて付(つく)べし。十月比(ごろ)、澤山に、ある也。但(ただし)竈(へつつい)にて燒(やく)べからず。いかやうの新しき鍋釜にても、卽座に、わるゝ也。心すべし。

[やぶちゃん注:最後のそれは、五行思想の「相生」(そうじょう)に拠る謂いである。「鍋釜」の鉄は「金」であり、蛇は「水」である。相生では「金生水」(きんしょうすい・ごんしょうすい)で、金属の表面に凝結が生じると水が生まれ、破れるのである。]

 

○乳のすくなきを澤山にする方。

 かたくりの粉を、湯に、ほだてて、砂糖を少し加へて、每朝、空腹に一杯づつ飮(のむ)べし。一ケ月ほどをへて、乳、出(いづ)る也。

[やぶちゃん注:「ほだてて」「攪(ほだ)てて」。搔き混ぜて。]

 

○腹痛する時、用(もちゆ)る丸藥。

 楊梅皮(やうばいひ)【五匁。】・胡根(ここん)【一匁。】・胡黃連(こわうれん)【三匁。】。

 右、三味、丸藥にして用(もちゆ)べし。

[やぶちゃん注:「楊梅皮」既出既注だが、再掲しておくと、山桃(ブナ目ヤマモモ科ヤマモモ属ヤマモモ Morella rubra )の皮。本州中部以南・朝鮮半島・台湾・中国などに分布する。山中で多く実をつけることから、「山百々」と呼ばれ、それが和名になった。夏に果実の紅熟したものを「楊梅」(ヨウバイ)、七~八月頃に樹皮を剝いで、天日乾燥したものを「楊梅皮」と呼んで、孰れも生薬とする。

「胡根」生薬として居られる「柴胡」(さいこ)のこと。セリ目セリ科ミシマサイコ属(或いはホタルサイコ属)ミシマサイコ Bupleurum stenophyllum の根。解熱・鎮痛作用があり、多くの著名な漢方方剤に配合されている。

「胡黃連」高山性多年草の、シソ目ゴマノハグサ科コオウレン属コオウレン Picrorhiza kurrooa(ヒマラヤ西部からカシミールに分布)及びPicrorhiza scrophulariiflora(ネパール・チベット・雲南省・四川省に分布)の根茎を乾かしたもの。古代インドからの生薬で、健胃・解熱薬として用い、正倉院の薬物中にも見いだされる。根茎に苦味があり、配糖体ピクロリジン(picrorhizin)を含むものの、薬理効果は不明である。なお、「黃連」があるが、これは小型の多年生草本である、キンポウゲ目キンポウゲ科オウレン属オウレン Coptis japonica 及び同属のトウオウレン Coptis chinensisCoptis deltoidea の根茎を乾燥させたもので、全く異なるものなので、注意が必要である。]

 

○腹のくだるとき、せんやく。

 蒼朮(さうじゆつ)・白朮(びやくじゆつ)・升麻(しやうま)・防風・干姜(かんきやう)・茯苓(ぶくりやう)

 右、六味、目方、各、等分。桂皮にても、肉桂にても、隨分、からきものを、右、六味、等分のめかたほど、加へ、甘草、少し加(くはふ)べし。

 右、八藥、二、三十貼(しやう)も用(もちゆ)べし。少々、服(ふくみ)候ては、功、なし。

[やぶちゃん注:「蒼朮」はキク目キク科オケラ属ホソバオケラ Atractylodes lancea の根茎の生薬名。中枢抑制・胆汁分泌促進・抗消化性潰瘍作用などがあり、「啓脾湯」・「葛根加朮附湯」などの漢方調剤に用いられる。参照したウィキの「ホソバオケラ」によれば、『中国華中東部に自生する多年生草本。花期は9〜10月頃で、白〜淡紅紫色の花を咲かせる。中国中部の東部地域に自然分布する多年生草本。通常は雌雄異株。但し、まれに雌花、雄花を着生する株がある。日本への伝来は江戸時代、享保の頃といわれる。特に佐渡ヶ島で多く栽培されており、サドオケラ(佐渡蒼朮)とも呼ばれる』とある。

「白朮」既出既注だが、再掲すると、キク目キク科オケラ属オケラ Atractylodes japonica の根茎。一般には、健胃・利尿効果があるとされる。

「升麻」同前で、「ショウマ」は漢方生薬。キンポウゲ目キンポウゲ科サラシナショウマ属サラシナショウマ Cimicifuga simplex の根茎を天日乾燥させたもの。ウィキの「サラシナショウマ」によれば、これは、『発汗、解熱、解毒、胃液・腸液の分泌を促して胃炎、腸炎、消化不良に効果があるとされ』、各種『漢方処方に配剤されている』とあり、さらに、『民間では』、一『日量』二『グラムの升麻を煎じて、うがいに用いられる』とする。さらに、『なお、本種に似たものや、混同されて生薬として用いられたものなど、幅広い植物にショウマの名が用いられている』とある。最後の部分は、ウィキの「ショウマ(植物の名)」も参照されたい。

「防風」セリ目セリ科ボウフウ属ボウフウ Saposhnikovia divaricata 。但し、本種は中国原産で本邦には自生はしない。されば、ここはセリ科ハマボウフウ属ハマボウフウ Glehnia littoralis を指していよう。

「干姜」当時の漢方では、修治されていないものも、修治されているものも含めた乾燥させたショウガの根茎を指す。

「茯苓」既出既注だが、再掲しておくと、菌界担子菌門真正担子菌綱ヒダナシタケ目サルノコシカケ科ウォルフィポリア属マツホド Wolfiporia extensa の漢方名。中国では食用としても好まれる。詳しくは「三州奇談卷之二 切通の茯苓」の私の冒頭注を参照されたい。]

 

○又、一方。「せんき」のくすり、「香感散」、よろし。

[やぶちゃん注:「香感散」国立国会図書館本も同じで、底本には注もないが、こんな名の漢方配合剤は、ない。知られた似たものに「香蘇散」がある。而して、「蘇」の崩し字と、「感」のそれは、崩し方によっては、よく似ている。私は「蘇」の津村の誤判読ではないかと思われる。詳しくはサイト「漢方ライフ」のこちらに詳しいので、見られたい。]

 

○又、一方。

 「むし」のかぶるとき、「せんぶり」といふ草、湯に、ふり出(いだ)して、飮(のむ)べし。

[やぶちゃん注:「むし」疳の虫。

「せんぶり」双子葉植物綱リンドウ目リンドウ科センブリ属センブリ Swertia japonica 当該ウィキによれば、『ゲンノショウコ、ドクダミと共に日本の三大民間薬の一つとされていて』、『昔から苦味胃腸薬として使われてきた、最も身近な民間薬の一つである』とあり、また、『和名』『の由来は、全草が非常に苦く、植物体を煎じて「千回振出してもまだ苦い」ということから、「千度振り出し」が略されて名付けられたとされている』。『その由来の通り』、『非常に苦味が強く、最も苦い生薬(ハーブ)といわれる』。『別名は、トウヤク(当薬)、イシャダオシ(医者倒し)ともよばれる』。『別名の当薬(とうやく)は、試しに味見をした人が「当(まさ)に薬である」と言ったという伝説から生まれたとされる』とあった。私は飲んだことがないが、小学生中学年から知識としては、よく知っている。所謂、植物の学習漫画の中に、それが出てきたからである。]

 

○又、一方。

 「かいそう」といふ海に有(ある)草、せんじて、飮(のん)で、よし。

[やぶちゃん注:子どもの疳の虫に効くとするなら、回虫駆除薬として知られる紅藻植物門紅藻植物亜門真正紅藻綱マサゴシバリ亜綱イギス目フジマツモ科アルシディウム連マクリ属マクリDigenea simplex ではないかと推定する。同種は、別名を「カイニンソウ」(海人草)と言うからである。]

 

○又、一方。

 江戶小日向、本法寺、大丸藥、よし。一粒、三せんづつ也。右、「かなつち」[やぶちゃん注:ママ。金槌。]にて、くだきおき、少しづつ、用(もちゆ)べし。

[やぶちゃん注:真宗大谷派高源山隨自意院本法寺。夏目漱石の実家の菩提寺として知られる。ここ漱石の「こゝろ」の「先生」の下宿先の一キロメートル西の直近位置である。漱石が、この周辺の土地勘があったことが、これで判る。

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