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2024/05/26

譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(15)

○小兒、馬脾風(ばひふう[やぶちゃん注:底本のルビ。])に成(なり)たる時【又、「はやくさ」と云物也。】、

 急に小「うで」の、「ちからこぶ」のいづるところを、息を、もちて、いくたびも、つよく吸(すふ)べし。くろき血の、いづれば、なほるなり。

[やぶちゃん注:「馬脾風(ばひふう)」ジフテリア(英語:diphtheria/ジフテリア(細菌放線菌門放線菌綱コリネバクテリウム目Corynebacterialesコリネバクテリウム科コリネバクテリウム属ジフテリア菌 Corynebacterium  diphtheriae )の感染によって起こる急性伝染病。本邦の「感染症法」による二類感染症の一つ。子どもが罹患し易く、主として呼吸器粘膜が冒される。潜伏期は二~五日。症状は菌が繁殖する部位によって著しく異なるが、孰れも、冒された部位に剥がれ難い偽膜が生ずるのが特徴。「咽頭ジフテリア」・「喉頭ジフテリア」・「鼻ジフテリア」が代表的)の漢方名。]

 

○小兒、「ひまはり」の藥【總身に、赤き物、ひまなく出來る病也。】。

 はなの咲(さく)桐の木を、「くろやき」にして、胡麻のあぶらにて、付(つく)べし。

[やぶちゃん注:「ひまはり」不詳。小児で全身に赤い湿疹が出現するというのは、乳児湿疹・アトピー性皮膚炎・ウイルス性粘膜疹が当たるか。]

 

○小兒、急病にて死(しし)たる時は、

 男子は、はゝの小べん、女子はちゝの小べんを、はやく、のますべし。一度(ひとたび)は、いきを、ふきかへす也。

[やぶちゃん注:「死たる時」この場合は、失神・気絶した際の意であろう。]

 

○風(かぜ)を引(ひき)たる時、

 夏、「不換金正氣散(ふかんきんしやうきさん)」を用(もちゆ)べし。冬は「五積散(ごしやくさん)」を用べし。其方、「不換金正氣散」。

 唐蒼朮(たうそうじゆつ)・厚朴(こうぼく)・陳皮(ちんぴ)・半夏(はんげ)・唐麝香【各一兩。】・甘草【五分。】、已上、六味。頭痛には、香附子(かうぶし)・川芎(せんきゆう)を加(くはふ)べし。

 「水ばな」いづるに、香附子・細辛(さいしん)を加ふべし。

 食傷には、神麹[やぶちゃん注:底本には「麹」に編者の右補正傍注で『(曲)』とある。]・山査子(さんざし)・香附子・縮沙・木香(もつかう)、此(この)五味を、くはふべし。

 「五積散」。

 蒼朮【三匁二分】・桔梗【一匁六分】・乾姜(かんきやう)・厚朴【各二匁六分】・麻黃・枳殼(きこく)・陳皮【各八匁。】・當歸(たうき)・川芎・芍藥・白芷(びやくし)・肉桂・半夏・茯苓【各四分。】・甘草【三分】

 已上、十五味。

 「藿香正氣散」。

 茯苓・白芷・紫蘇【各一兩。】・藿香(かくかう)【三兩。】・陳皮・桔梗・白朮・厚朴・半夏【各二兩。】・甘草【二匁。】

 已上、十味。

[やぶちゃん注:既注のものは再掲しない。以下同じ。

「不換金正氣散」サイト「漢方ライフ」の「不換金正気散」を参照されたい。

「五積散」同前の「五積散」を見られたい。

「唐蒼朮」「白朮」(びゃくじゅつ)に同じ。

「厚朴」モクレン亜綱モクレン目モクレン科モクレン属ホオノキ Magnolia
obovata 
の生薬名(樹皮)。通常、樹名は「朴」。

「神麹」「曲」の補正があるが、「神麹」(シンキク)で漢方生薬がある。「ミジカナ薬局」公式サイト内のこちらに、『神曲とも書く』とあって、『中国では小麦粉と小麦ふすま(麸)に、何種類かの生薬の汁や粉末を加えて発酵させて作ったものです。小麦ふすまとは、小麦の外の皮の部分で英語でブランと言われます』とし、『消化剤』とあり、漱石も飲んでいたタカヂアスターゼも、これであるとする。

「藿香正氣散」サイト「漢方ライフ」の「不換金正気散」を参照されたい。]

 

○「かんしやうが」の方

 陳皮・茯苓・山藥・乾姜【各二戔。】・石蜜【三戔。】・遠志・蓮肉【各一戔。】

 已上、七味。

 「川芎茶調散」。

 香附子・薄荷【各五匁四分。】・荆芥・川芎【各二匁七分。】・防風【一分。】・羗活・白芷・細辛【各三匁三分。】・甘草【五分。】

 已上、九味。

[やぶちゃん注:「川芎茶調散」サイト「PLAMEDplus」の「川弓茶調散」(ママ)を参照されたい。]

 

○風をひきて、汗を取る事。

 夜着など、かぶり、あせのいづるを、いつまでも、汗をとるは、あしゝ。足の「三里」に、あせのいづるを、あいづにして、止(やむ)べし。

[やぶちゃん注:『足の「三里」』膝の皿の下の、靭帯の外側にある「くぼみ」(「犢鼻(とくび)」)から、指幅四本分の位置にあるツボ。「奥の細道」の冒頭で、やったよね。]

 

○「炎せき」を治する名方。

 半夏・茯苓・生姜

 右、三味、等分して、せんじ用(もちゆ)るべし。

[やぶちゃん注:「炎せき」不詳だが、これ、「痰」「咳」じゃあ、なかろうか?]

 

○痰血には、

 花蘂石(くわずいせき)一味、耳かきにて、二つばかり、のみて、卽時に、とまる。

[やぶちゃん注:「花蘂石」花乳石とも言い、所謂、大理石のこと。]

 

○「痰こぶ」を、なほす法。

 天南星(てんなんしやう)、一味、さいまつにして、ぬるき湯に、とき、「せうが」の「しぼり汁」を、くはへ、灸の「ふた」のごとく、紙を、まるくして、此藥を「こぶ」の上へ張置(はりおく)べし。「こぶ」、こはばりたらば、「つばき」を、つくれば、ゆるまる也。三十日ほど、かくのごとく、付(つけ)かへ付かへすれば、こぶに、口、出來て、その口より、しろき「齒くそ」のやうなるもの、いづるを、押出し、押出しすれば、いつとなく、治する也。たゞし、「たんこぶ」にあらざれば、此くすり、もちゐても、驗(しるし)なし。

[やぶちゃん注:「痰こぶ」記載から見て、所謂、「たん瘤(こぶ)」のことのようである。但し、最後の方の療治の「押出し」の処理様態を見るに、これは、打撲によるそれではなく、所謂、「粉瘤」=「アテローム」=「アテローマ」(Epidermal cystAtheroma)であろうと考える。私は体質上、皮脂腺が多いため、発生し易く、青年期からしばしば出現し(多くは顔の頰や唇の皮脂腺)、教員になったその年には、右腹部のやや深い部分に親指の先ほどのものが生じ、化膿して痛みが生じたため、年末、富山県高岡の実家に帰省した際、日帰りで市民病院で除去して貰った経験がある。普通のものは、白い「痰」のような脂肪が押し出すと出てくるのである。

「天南星」単子葉植物綱オモダカ目サトイモ科テンナンショウ属 Arisaema に属する類の球茎の漢方生薬名(私には、同属ではウラシマソウ Arisaema urashima (日本固有種)や、マムシグサ Arisaema serratum が親しい)。当該ウィキによれば、『球茎の細胞はシュウ酸カルシウムの針状結晶などをもち有毒で、そのまま食べると口の中が痛くなって腫れあがるが、デンプンなどの栄養素を多く含むため、アイヌや伊豆諸島、ヒマラヤ東部の照葉樹林帯ではシュウ酸カルシウムの刺激を避けながら食用とする工夫がなされてきた。例えばアイヌの食文化ではコウライテンナンショウ』( Arisaema peninsulae )『(アイヌ語名:ラウラウ)の球茎の上部の毒の多い黄色の部分を取り除き、蒸したり、炉の灰の中で蒸し焼きにしたりして刺激を弱めて食用にし』、『伊豆諸島の八丈島では古くはシマテンナンショウ』( Arisaema negishii :同諸島に分布する日本固有種)『の球茎をゆでて餅のようにつき、団子にしたものをなるべく噛まずに丸飲みして、刺激を避けて食べたと伝えられている』。『飛騨地方では「へんべのだいはち」と呼び、その毒性を利用して便所の除虫などに使われた』。『また、球茎を漢方の生薬、「天南星」としても利用する』とあった。]

 

○又、一方。

 ふるき「せつた」の皮、「くろやき」にして、胡麻のあぶらにて付(つく)べし。

 

○黃膽病(わうだんびやう)には、

 茵蔯湯(いんちんたう)を、二、三ぶく、服すれば、よく治する也。

[やぶちゃん注:「黃膽病」黄疸。

「茵蔯湯」「ジェーピーエス製薬株式会社」公式サイトの「茵蔯蒿湯 いんちんこうとう」を見られたい。主剤の「インチンコウ」は、キク亜綱キク目キク科ヨモギ属カワラヨモギ Artemisia capillaris であり、当該ウィキによれば、『漢方では「インチンコウ(茵蔯蒿)」として用いられる。薬用部位は頭花。成分として、クマリン類のscoparone(スコパロン)、クロモン類のcapillarisin、フラボノイド類のcirsilineolcirsimaritinrhamnocitrinなどを含む。用途として、消炎利胆、解熱、利尿などを目標に、黄疸、肝炎』(☜)、『胆嚢炎などに用いられる。漢方処方には、茵陳蒿湯、茵陳五苓散がある。また、capillarisinscoparoneなどは各種動物で胆汁分泌促進作用を示す』とある。]

 

○又、一方。

 稻の苗を陰ぼしにして、燈心草・當歸、右二味をくはへ、せんじ飮べし。熱さめて、いゆる也。

 

○又、一方。

 しゞみを汁にして、每日、食すべし。

 

○喘息には、

 陳皮四十目を、水、四合に入(いれ)て、とろとろ、せんじ、かわかして、粉にこしらへ置(おき)たるを、つねに、「さゆ」にて用(もちゆ)べし。

 

○又、一方。

 「不換金正氣散」、至(いたつ)て、奇妙に治する也。

 但し、病氣、おこらんとする時、一、二日已前に、ひたと、用(もちゆ)ば、おこる事、なし。ぜんそくおこりて用ては、きかず。

 

○食傷せし時は、

 かろき「食しやう」は、枇杷葉湯(びはえふたう)にて治する也。おもき時は、「葛花解醒湯(かつくわかいせいたう)」を用べし。能(よく)治する也。

[やぶちゃん注:「食傷」この場合は、「食あたり」のこと。

「枇杷葉湯」乾燥したバラ目バラ科ナシ亜科シャリンバイ属ビワ Rhaphiolepis bibas の葉などの煎じ汁。「暑気あたり」や「下り腹」などに用いた。京都烏丸に本舗があり、夏、江戸で、試飲させながら行商した(因みに、この行商が、宣伝のために路上で誰にでも飲ませたところから「浮気・多情や、そうした人物」を指す喩えとなった)。

「葛花解醒湯」乾燥したクズの花を主薬とする漢方薬。二日酔いや肝機能障害に効果があるとされる。]

 

○「枇杷葉湯(びはやうたう)」。

 枇杷葉・吳茱萸・藿香・唐木香(たうまつかう)・唐宿砂(たうしゆくさ)・莪朮・肉桂

 已上、七味、吐下(はきくだし)には雁字菜【ひるも。】を加(くはふ)べし。

[やぶちゃん注:「唐木香」インド・中国で産出するウマノスズクサ(既出既注)の根を基原とする。但し、現行は、お香に用いられる。

「吳茱萸」「ごしゅゆ」はムクロジ目ミカン科ゴシュユ属ゴシュユ Tetradium ruticarpum 当該ウィキによれば、『中国』の『中』部から『南部に自生する落葉小高木。日本では帰化植物。雌雄異株であるが』、『日本には雄株がなく』、『果実はなっても種ができない。地下茎で繁殖する』八『月頃に黄白色の花を咲かせる』。『本種またはホンゴシュユ(学名 Tetradium ruticarpum var. officinale、シノニム Euodia officinalis )の果実は、呉茱萸(ゴシュユ)という生薬である。独特の匂いと強い苦みを有し、強心作用、子宮収縮作用などがある。呉茱萸湯、温経湯などの漢方方剤に使われる』とあった。漢方薬剤としては平安時代に伝来しているが、本邦への本格的渡来は享保年間(一七一六年から一七三六年まで)とされる。

「唐宿砂」「縮砂」。単子葉植物綱ショウガ目ショウガ科アモムム属ヨウシュンシャ Amomum villosum は東南アジア原産で、高さ約二メートル。葉は卵状披針形。花穂は濃紅色で地下茎から別に生じる。種子は芳香があり、精油部を含み、漢方で健胃剤などに用いられる。日本には安政年間(一八五四年~一八六〇年)以前に輸入された。また、「伊豆縮砂」はハナミョウガ・ゲットウ・アオノクマタケランの種子で同じく芳香性健胃剤とする。「ほざきしゃが」「東京縮砂」「唐縮砂」「ジンジャー」(種以外は小学館「日本国語大辞典」に拠った)。

「雁字菜」「ひるも」単子葉植物綱オモダカ目ヒルムシロ科ヒルムシロ属ヒルムシロ Potamogeton distinctus 。「ブリタニカ国際大百科事典」によれば、『ヒルムシロ科の水生の多年草で』、『ヒルモともいう。日本』・『朝鮮半島』及び『中国の温帯から暖帯に広く分布し,池』・『溝』・『水田などに普通に生える。地下茎の先端に殖芽を』作り、『繁殖する。茎は地下茎から水中に伸びて』、『水の深さにより』、『長さを変える。葉に』二『型あり』、『水中葉は披針形で短い柄がある。浮水葉は茎の上部につき』、『長楕円形で表面に光沢があり』、『葉柄基部に膜質の托葉がある。夏から秋にかけて』、『穂状花序をなして黄緑色の無花被の花を多数つける。おしべは』四『本』、『めしべの子房は』一~三『個ある。果実は広卵形の核果で背部に翼がある』とある。当該ウィキによれば、『鞘は中薬学』『において胃痛や赤痢の治療のために、中国料理において風味付けのために使われる』とあり、『ヨウシュンシャは甘味、酸味、苦味、塩味、そしてピリッとした味を持つ。その花、果実、根、茎、葉は薬として使うことができる。唐王朝以降』「本草綱目」と『いった多くの薬草に関する書物が、ヨウシュンシャの味は刺激性だが』、『さわやかで、わずかに苦い、と述べている』とある。]

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