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2024/05/11

「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 辛夷

 

Kobusi

 

こぶし   辛雉 侯桃

      房木 迎春

辛夷  木筆

      【俗古不之】

      幣辛夷

スインイヽ 【之天古不之】

 

本綱辛夷髙三四𠀋其枝繁茂正二月花開花落乃生葉

夏初復生花經伏歷冬葉花漸大其花初出枝頭苞長半

寸而尖銳儼如筆頭重重有靑黃茸毛順鋪長半分許及

開則似蓮花而小如盞紫苞紅熖作蓮及蘭花香其子赤

似相思子伹年淺者無子亦有白色者又有千葉者

苞【辛温】 治頭風腦痛一切鼻病【芎藭爲之使畏菖蒲蒲黃黃連石膏】

 凡鼻氣通於天天者頭也肺也肺開竅于鼻而陽明胃

 脉環鼻而上行腦爲天神之府而鼻爲命門之竅人之

 中氣不足清陽不升則頭爲之傾九竅爲之不利

 【辛温走氣而入肺其體輕浮能助胃中清陽上行通於天所以能温中治頭靣目鼻九竅之病】

△按辛夷𠙚𠙚人家亦栽之賞其花

 一種有白花八重者婆娑如幤俗呼幣辛夷

                          仲胤僧都

 著聞集くひつかれ頭かゝへて出しかとこふしの花の猶いたきかな

 

   *

 

こぶし   辛雉《しんち》 侯桃《こうたう》

      房木《ばうぼく》 迎春《げいしゆん》

辛夷    木筆《ぼくひつ》

      【俗、「古不之」。】

      幣辛夷《しでこぶし》

スインイヽ 【「之天古不之《しでこぶし》」。】

 

「本綱」に曰はく、『辛夷、髙《た》け、三、四𠀋。其の枝、繁茂≪す≫。正、二月、花、開く。花、落ちて、乃《の》ち、葉を生ず。夏の初め、復《ま》た、花を生じ、伏《ふく》を經《へ》、冬を歷《へ》、葉・花、漸《ぜんぜん》≪に≫大なり。其の花、初≪めて≫、枝頭《えだがしら》を出づ。苞《はう》≪の≫長さ、半寸[やぶちゃん注:一・五センチメートル。]にて、尖-銳《せんえい》≪にして≫、儼(さなが)ら、筆頭《ふでがしら》のごとく、重重《ぢゆうぢゆう》≪し≫、靑・黃≪の≫茸毛(じようもう)、有り、順鋪《じゆんほ》す[やぶちゃん注:時に順って敷くように密生する。]。長さ、半分《はんぶ》[やぶちゃん注:一・五ミリメートル。]許《ばかり》。開くに及び、則ち、蓮花に似て、小さく、盞(さかづき)のごとし。紫≪の≫苞、紅熖《こうえん》≪にして≫、蓮、及び、蘭花の香《かをり》を作《な》す。其の子《み》、赤≪くして≫、「相思子(たうあづき)」に似≪たり≫。伹し、年《とし》の淺き者には、子、無し。亦、白色の者、有り、又、千葉《やへ》の者、有り。』≪と≫。

『苞【辛、温。】 頭風《づふう》・腦痛《なうつう》、一切の鼻の病ひを治す【「芎藭《きゆうきゆう》」、之れの使《し》と爲《な》す。菖蒲《しやうぶ》・蒲黃《ほかう》・黃連《わうれん》・石膏《せちかう》を畏る。】。』≪と≫。[やぶちゃん注:以下、全体が一字下げであるが、引き上げた。]

『凡そ、鼻の氣は、天に通ず。天は頭《づ》なり。肺なり。肺、竅《あな》を鼻に開きて、陽明《やうめい》の胃の脉《みやく》、鼻を環(めぐ)りて、上《のぼ》り行《めぐ》る。腦は、「天神の府」たり。而≪して≫、鼻は、命門の竅(あな)たり。人の、中氣、足らず、清陽《せいやう》、升《のぼ》らざれば、則ち、頭、之れが爲に、傾き、九竅《きうけう》之れが爲めに、利《りせず》。』≪と≫。

『【辛、温にして、氣に走りて、肺に入る。其れ、體《からだ》、輕く浮き、能く、胃中《いちゆう》の清陽を助け、上行《じやうかう》して、天に通ず。能く中《ちゆう》を温め、頭《かしら》・靣《かほ》・目・鼻、九竅の病ひを治す所以《ゆえん》なり。】

△按ずるに、辛夷《こぶし》、𠙚𠙚《しよしよ》≪の≫人家にも、亦、之れを栽ゑて、其の花の美しきを賞す。

 一種、白花八重の者、有り。婆娑《ばさ》として、幣(しで)のごとし。俗、呼んで、「幣辛夷(《しで》こぶし)」と曰ふ。

  「著聞集」          仲胤僧都

    くびつかれ

       頭《かしら》かゝへて

     出《いで》しかど

          こぶしの花の

         猶《なほ》いたきかな

 

[やぶちゃん注:「辛夷」は、またしても、中国と本邦では、種群は同じだが、種としては範囲が異なる。中国の「辛夷」(シンイ)は、

狭義には、モクレン目モクレン科モクレン属 Magnolia (木蘭)の内、漢方で薬用とする蕾(つぼみ)を指す漢語であり、種としては、モクレン属の古い通称の一つである。

 一方、日本の「辛夷」(こぶし)は、北海道・本州・九州、及び、済州島に分布する、

モクレン属ハクモクレン節コブシ Magnolia kobus

の種を限定して指す。中文ウィキの木犀属=「木蘭属」でも、「辛夷」の漢字を持つ種は、この日本に主に植生するコブシであり、種の中文名は、ズバリ、特異点で「日本辛夷」であって、他の正式種名に「辛夷」を持つものは、そこでは他には、ない。

 なお、良安が標題下に冒頭で示した「辛雉」・「侯桃」・「房木」・「迎春」・「木筆」の五つの異名は総て「本草綱目」に載るものであるからして、コブシ Magnolia kobus ではないので、注意されたい。

「伏」「三伏」(さんぷく・さんぶく)の一つである夏至後の第三の庚(かのえ)の日の「初伏」(しょふく)を指す。一般には「初伏」の次は、第四の庚を「中伏」(ちゅうふく)、立秋後、初めての庚を「末伏」(まっぷく)と称し、その初・中・末の「伏」の称。五行思想で、夏は火に、秋は金に当たるところから、夏至から立秋にかけては、秋の金気が盛り上がろうとして、夏の火気に抑えられ、止む無く伏蔵しているとするが、庚の日には、その状態が特に著しいとして「三伏日」とした。この日は、種蒔き・療養・遠行・男女和合など、全て慎むべき日とされている(本体主文は小学館「日本国語大辞典」に拠った)。

「相思子(たうあづき)」マメ目マメ科マメ亜科トウアズキ(唐小豆)属トウアズキ Abrus precatorius の種、或いは、その熟した果実を指す。当該ウィキによれば、『種子は赤く美しいので、古くから装飾用ビーズや、マラカスのような楽器の材料に使われた。種子にはアブリン』(Abrin)『という毒性タンパク質がある。これはトウゴマ種子に含まれる』猛毒の『リシン』(Ricin)『と同様、リボゾームにおけるタンパク質生合成を妨害』し、『経口摂取でも変性しないため』、『猛毒性を示す』とある。同中文ウィキを見ると、中文名を「雞母珠」とし、異名に「相思子」・「美人豆」・「紅豆」を挙げてある。

「頭風《づふう》」頭痛。

「腦痛《なうつう》」これは、脳腫瘍などの痛みではなく、神経症等によるものを広範に指すものであろう。

「芎藭《きゆうきゆう》」中国原産のセリ目セリ科ミヤマセンキュウ属センキュウ(山芎)Conioselinum chinense の根茎の漢方名。頭痛・鎮静薬に用いる。中国四川省産の品が優れていたため、「四川芎藭」を略して呼んだもの。

「使《し》」既出既注。漢方・和方に於いて、「補助薬」を言う。「引藥」(いんやく)とも言う。

「蒲黃《ほかう》」単子葉植物綱イネ目ガマ科ガマ属 Typha の花粉。薬用。

「黃連《わうれん》」キンポウゲ目キンポウゲ科オウレン属オウレン Coptis japonica の髭根を殆んど除いた根茎を乾燥させたもの。

「陽明」漢方医学に於いて、病邪が少陽を過ぎて、体の裏を通り、眼から下唇・心・胸・腹・髄・股・膝・脛・跗(あしひら:足の甲)・指頭の下にある状態を指す。

「胃の脉」東洋文庫訳では割注があり、『(陽明胃経脈、十二経脈の一つ)』とある。

「天神の府」東洋文庫訳では「府」に割注があり、『(やどるところ)』とある。

「命門」東洋文庫訳では割注があり、『(右腎、元気のやどるところ)』とある。

「清陽《せいやう》」中医学で「頭部にある臓腑の陽気」を指す。

「九竅《きうけう》」人の身体にある九つの穴。口・両眼・両耳・両鼻孔・尿道口・肛門の総称。懐かしいね、私が唯一、大学時代に精読して朱注を附した「荘子」の中でも、最も偏愛する一篇であり、教科書に載っていなくても、プリントして授業をしたものだった。「内篇」の最後の「應帝王篇 第七」の掉尾に置かれた有名な凄絶な寓話である。

   *

 南海之帝爲儵、北海之帝爲忽、中央之帝爲渾沌。

 儵與忽、時相與遇於渾沌之地。

 渾沌待之甚善。

 儵與忽諜報渾沌之德曰、

「人皆有七竅、以視聽食息。此獨無有。嘗試鑿之。」

 日鑿一竅、七日而渾沌死。

   *

 南海の帝を儵(しゅく)と爲(な)し、北海の帝を忽(こつ)と爲し、中央の帝を渾沌(こんとん)と爲す。

 儵と忽と、時に相與(あひとも)に渾沌の地に遇(あ)ふ。

 渾沌、之れを待(ま)つすること、甚(はなは)だ善(よ)し。

 儵と忽と、渾沌の德に報(むく)いんことを諜(はか)りて、曰はく、

「人、皆、七竅(しちけう)有りて、以つて、視聽食息(しちやうしよくそく)す。此れ、獨り、有ること、無し。嘗-試(こころ)みに、之れを鑿(うが)たん。」

と。

 日に一竅(いちきょう)を鑿てるに、七日にして、渾沌、死す。

   *

「中《ちゆう》」脾胃。

「白花八重の者、有り」これは、

モクレン属ハクモクレン節シデコブシ Magnolia stellata

のことであろう。同種の花弁は 九枚から、十二 枚、二十四枚、最大で三十二枚の八重咲きがある。

「婆娑《ばさ》」舞う人の衣服の袖が美しく翻るさまの原義を、梢に華麗な花弁が風に揺れるさまを喩えた語。

「幣(しで)」「しで」は「紙垂」で、紙を特殊な断ち方をして折ったもので、竹または木の幣串に、これを左右に挟んだ神具が「幣」(ぬさ)である。

「著聞集」「第二十八 飮食」の一篇(六二八番)の「仲胤僧都(ちゆういんそうづ)、法勝寺(ほつしやうじ)御八講(みはつこう)に遲參、追ひ出だされて籠居し詠歌の事」。

   *

 仲胤僧都、法勝寺の御八講におそく參りたりければ、追ひ出(いだ)されて、院の御氣色惡しくて、こもりゐたりけるに、次の年の春、人のもとより辛夷(こぶし)の花を送りたりけるを見て、詠める、

  くび突(つ)かれ

    頭(かしら)かかへて

   出でしかど

    辛夷の花のなほ痛きかな

   *

 本篇が何故、「飮食部」に入っているのか、不審だが、所持する「新潮日本古典集成」の同書(西尾光一・小林保治校注)の頭注によれば、初句は『「食ひつかれ」と読む説や』、「辛夷」は『小節(鰹節)をかけたためとする解もある』とあった。

・「仲胤僧都」(生没年不詳)は平安末期の延暦寺の僧。権中納言藤原季仲と賀茂神主成助の娘の子。長治元(一一〇四)年、最勝講の問者(講での質問者)に初めて立った。以後、権律師を経て、保元元(一一五六)年には権少僧都に至ったが、翌年、辞退している。説法の名人として、甥の忠春と並び称せられ、様々な法会に招かれた。その説法を聴く人は感涙に咽んだという。また、機知に富んだ人物で、「宇治拾遺物語」「古事談」、この「古今著聞集」などにその言動が説話として残されている。後に伝説化が進み、「平家物語」では、別人の説法までも、仲胤に仮託され伝えられるようになった。容貌が醜かったらしく、同じく醜かった興福寺の僧済円と互いを揶揄い合っていた様子が「今鏡」に描かれている(朝日新聞出版「朝日日本歴史人物事典」に拠った)。

・「法勝寺」平安から室町まで平安京の東郊白河にあった仏教寺院。白河天皇が承保三(一〇七六)年に建立した。院政期に造られた六勝寺の一つで、六つの内、最初にして最大の寺であった。皇室から厚く保護されたが、「応仁の乱」以後、衰微・廃絶した。ここ(グーグル・マップ・データ)が跡。

・「御八講」「法華八講」に同じ。「法華経」八巻を八座に分け、普通、一日に、朝夕二座、講じて四日間で完了する法会。

・「院」鳥羽院。]

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