「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 丁子
[やぶちゃん注:挿絵の上部にチョウジ(クローブ)の実(実際には花蕾と果実)を左右で「雌」と「雄」と分けて示している。これは、加工して乾燥したチョウジのそれが、恰も「丁」の字や、錆びた釘の形に似ているのを、時珍が雌雄と誤認したものを踏襲している。]
ちやうじ 丁香 雞舌香
丁子 【附
母丁香
丁香皮】
テイ ツウ
本綱丁子出崑崙國及交州廣州南番《✕→蕃》其樹髙丈餘木類
桂葉似櫟葉二三月開花圓細黃色凌冬不凋七月成子
其子出枝蕊上如釘長三四分紫色伹有雌雄雄者顆小
而名丁香雌者大如山茱萸名母丁香【一名雞舌香】用雄則須
去丁蓋乳子其樹皮名丁香皮似桂皮而厚氣味同丁香
丁子【辛熱】温脾胃止霍亂治五痔及齒䘌虛噦小兒吐潟
壯陽療反胃嘔逆【丁子畏欝金不可見火】
[やぶちゃん注:上記の行頭の一字空けは「下げ」ではなく、引用の切れ目を示すものである。以下も同じで、煩瑣なので、向後、この字空けは、一部で、無視して前に続けたり、行頭へ上げることとした。]
香衣辟汗氣【丁子一兩山椒六十粒絹袋盛佩之】 治痘瘡不光澤不起
發或脹或瀉或渇或氣促表裏俱虛之證【陳文中用木香散異攻散倍加丁香官桂葢運氣在寒水司天之際又値嚴冬欝遏陽氣故用大辛熱之劑發之者也若不分氣血虛實寒熱經絡一槩驟用其殺人也】
母丁香【卽雌也】拔去白鬚孔中用薑汁塗之卽生黑者
△按阿蘭陀咬𠺕吧舶到南蠻交易以渡之外科呼丁子
油名加良阿保
*
ちやうじ 丁香《ちやうかう》 雞舌香《けいぜつかう》
丁子 【附《つけた》り
母丁香《ぼちやうかう》
丁香皮《ちやうかうひ》】
テイ ツウ
「本綱」に曰はく、『丁子は崑崙《こんろん》國、及び、交州・廣州・南蕃に出づ。其の樹、髙さ、丈餘。木は桂《けい》に類し、葉は、櫟(とち)の葉に似る。二、三月、花を開く。圓《まろ》く細く、黃色。冬を凌《しのぎ》て、凋《しぼま》ず。七月、子《み》を成す。其の子、枝の蕊《ずい》の上に出づ。釘《くぎ》のごとく、長さ、三、四分、紫色なり、伹し、雌雄《しゆう》、有り。雄《おす》なる者は、顆《くわ》、小さくして、「丁香」と名づく。雌なる者は、大いさ、「山茱萸《さんしゆゆ》」ごとし、「母丁香」と名づく【一名、「雞舌香」。】。雄を用ひ、則ち、須らく、丁《てい》≪の≫蓋《ふた》の乳《ち》≪の≫子《み》を去るべし。其の樹の皮を、「丁香皮」と名づく。「桂皮《けいひ》」に似て、厚し。氣味、「丁香」に同じ。』≪と≫。
『丁子【辛、熱。】脾胃を温め、霍亂を止《と》む。五痔、及び、齒䘌(むしくいば[やぶちゃん注:ママ。])・虛噦《きよえつ》・小兒の吐潟を治す。』≪と≫。『陽を壯《さかん》にし、反胃《はんい》・嘔逆《わうぎやく》を療す【丁子、欝金《うこん》を畏《おそ》る。火(ひ)を見《みす》べからず。】。』≪と≫。
『衣《え》を香《かんばしく》し、汗≪の≫氣を辟《さ》く【丁子一兩、山椒六十粒、絹袋≪に≫盛≪りて≫之れを佩ぶ、】。』≪と≫。 『痘瘡を治す。光澤ならずして、起發せず、或いは、脹≪り≫、或いは、瀉《しや》≪し≫、或いは、渇《かつ》し、或いは、氣、促≪して≫、表裏《へうり》俱に、虛の證≪に用ゐる≫【陳文中[やぶちゃん注:人名。]、「木香散」・「異攻散」を用ひ、丁香・官桂を倍加≪せり≫。葢し、運氣、「寒水司天」の際《きは》に在り、又、嚴冬に値《あた》≪りて≫、陽氣、欝遏《うつあつ》≪すれば≫、故《ゆゑ》≪に≫大辛熱の劑を用ひ、之れを發≪せし≫者なり。若《も》し、氣血・虛實・寒熱・經絡を分《わか》たずして、一槩《いちがい》に驟≪にわかに≫用ふれば、其れ、人を殺すなり。】。』≪と≫。[やぶちゃん注:「≪に用ゐる≫」を入れたのは、明らかに文章が尻切れ蜻蛉になってしまっているからである。東洋文庫訳でも、『虚の證を示すもの』と付加しているものの、やはり全体を見ると、どうも締まりがなく、不自然である。これは、良安が、あちこちの美味しい所のみを切り張りした結果、述語に相当する箇所がなくなってしまった結果であるからである。而して、割注の頭には、それを受けて、「但し、」と欲しいところではある。]
『母丁香【卽ち、雌なり。】白鬚《しらひげ》を拔き去りて、孔《あな》の中≪へ≫、薑《しやうが》汁を用ひて、之れを塗れば、卽ち、黑き者を生ず。』≪と≫。
△按ずるに、阿蘭陀・咬𠺕吧(ヂヤガタラ)の舶《ふね》、南蠻に到り、交易して以つて之れを渡すなり。外科《ぐわいれう》、丁子の油を呼んで、「加良阿保(ガラアボ)」と名づく。
[やぶちゃん注:これは、所謂、「クローブ」(Clove)のことで、
バラ亜綱フトモモ目フトモモ科フトモモ属チョウジノキ Syzygium aromaticum
である。一般に知られた加工材のそれは、本種の蕾を乾燥したものを指し、漢方薬で芳香健胃剤として用いる生薬の一つであり、また、現行の肉料理等にも、よく使用される香料である。当該ウィキによれば、『原産地はインドネシアのモルッカ群島であり』、『香辛料として一般的に使われるほか、生薬としても使われる。漢名に従って丁香(ちょうこう)とも呼ばれる』。『乾燥したチョウジ(クローブ)。ちょうど丁の字や、錆びた釘の形に似ている』。『チョウジの花蕾は釘に似た形、また乾燥させたものは』、『錆びた古釘のような色をしており、中国では』既に『紀元前』三『世紀に口臭を消すのに用いられ、「釘子(テインツ)」の名を略して』、『釘と同義の「丁」の字を使って「丁子」の字があてられ、呉音で「チャウジ」と発音したことから、日本ではチョウジの和名がつけられた』。『フランス語で釘を意味するクル(Clou)から、仏名で「クル・ド・ジローフル」(clous de girofle)と呼ばれ、英語名でこれが「クロウジローフル」(clow of gilofer)となり、略されて「クローブ」(Clove)になった』とある。 お、「本草綱目」の引用は「卷三十四」の「木之一」「香木類」の「丁香」の独立項で(「漢籍リポジトリ」)、ガイド・ナンバー[083-33a]から始まるが、引用は「集解」の[083-33b]の一行目中ほどから冒頭が始まっているものの、ソリッドに引用しているかのように見える最初の総論部でさえも、それ以下の文章を、完膚なきまでにパッチワークしている。
「雞舌香」花蕾がニワトリの舌に似ているため。
「母丁香」「丁香皮」漢方では、前者が「花蕾」を、後者が「果実」を指す。
「崑崙國」(「崑崙」は「クンルン」)とは、当該ウィキによれば、『中国古代の伝説上の山岳。崑崙山(こんろんさん、クンルンシャン)・崑崙丘・崑崙虚ともいう。中国の西方にあり、黄河の源で、玉を産出し、仙女の西王母がいるとされた。仙界とも呼ばれ、八仙がいるとされる』。『伝説の崑崙山は万仭の高さで』、『外径八百里、天帝が下界においての都であり開明獣に守られている。その下には羽を浮べさせない弱水と燃え続けて』い『る火炎の山もいると』伝えられる。実在するクンルン山脈周辺(グーグル・マップ・データ)。
「交州」現在のベトナム北部。
「廣州」現在の広西省・広東省。
「南蕃」中国大陸を制した朝廷が南方の帰順しない異民族に対して用いた蔑称。
「桂」「本草綱目」中であるから、「かつら」と読んではいけない。中国での種群は、『「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 桂』の私の迂遠な冒頭注を参照。
「櫟(とち)」この「とち」の良安のルビは、後の「槲」に対して「くぬぎ」と振っているのと合わせて、甚だ、おかしい。東洋文庫の後注に、『良安は櫟を「とち」とし、槲を「くぬぎ」としているが、トチはトチノキ科で別種。現在一般には櫟はクヌギ、槲はカシワと訓み、どちらもブナ科』とある。「櫟」は、現行の日本では、
ブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属クヌギ Quercus acutissima
で、日中辞書を見ると、中国でも同種を指す(但し、中文ウィキでは種名を「麻櫟」とする。但し、中国では上位タクソンのコナラ属を「櫟屬」ともするので、問題ない)。されば、時珍は明らかにクヌギを指していると読んでよいから、良安は現行の本邦同様、「くぬぎ」とルビするべきであった。一方の「とち」は、トチノキで、「栃の木」「栃」「橡の木」と表記するが、これは、クヌギとは、全く異なる、
ムクロジ目ムクロジ科トチノキ属トチノキ Aesculus turbinata
である。一方、「槲」であるが、通常、現行では、「柏」「槲」で、
コナラ属コナラ亜属 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata
を指す。中文でも「槲樹」として同種カシワと一致する。但し、この誤りは、どのような良安の知識の錯誤があるのか、よく判らない。
「山茱萸」ミズキ目ミズキ科ミズキ属サンシュユ Cornus officinalis 。当該ウィキによれば、『山茱萸(サンシュユ)は漢名(中国植物名)で』、『この音読みが和名の由来である』。『日本名の別名ハルコガネバナ(春黄金花)は、早春、葉がつく前に』、『木一面に黄色の花をつけることからついた呼び名で』、『植物学者』『牧野富太郎が山茱萸に対する呼び名として提唱したものである』。『秋になると枝一面にグミのような赤い実がつく様子から珊瑚に例えて、「アキサンゴ」の別名でも呼ばれる』。『中国浙江省及び朝鮮半島中・北部が原産といわれ』、『中国・朝鮮半島に分布する』。『江戸時代』、『享保年間に朝鮮経由で漢種の種子が日本に持ち込まれ、薬用植物として栽培されるようになった』。『日本における植栽可能地域は、東北地方から九州までの地域である』。『日本では、一般に花を観賞用とするため、庭木などに利用されている』。『日当たりの良い肥沃地などに生育する』。『落葉広葉樹の小高木から高木で』、『樹高は』五~十『メートル』『内外になる』。『枝は斜めに立ち上がる』。『成木の幹は褐色で樹皮が剥がれた跡が残って』、『まだら模様になることがあり、若木の幹や枝は赤褐色や薄茶色で、表面は荒く剥がれ落ちる』。『葉は有柄で互生し』、『葉身は長さ』四~十センチメートル『ほどの卵形から長楕円形で、全縁、葉裏には毛が生える』。『側脈は』五~七『対あって、葉先の方に湾曲する』。『葉はハナミズキやヤマボウシに似ているが、やや細長い』。『秋は紅葉する』。『葉が小さめのため』、『派手さはないが、色濃く渋めに紅葉する』。『花期は早春から春』(三~四月上旬)『にかけ』て、『若葉に先立って』、『木全体に開花する』。『短枝の先に直径』二~三『センチメートル』『の散形花序を出して』、四『枚の苞葉に包まれた鮮黄色の小花を多数つける』とある。
「桂皮」双子葉植物綱クスノキ目クスノキ科ニッケイ属シナモン Cinnamomum zeylanicum の樹皮から採れる生薬。免疫力回復・健胃整腸・血行循環促進作用の他、強壮・強精薬として昔から知られる。
「霍亂」急性日射病で昏倒する症状や、真夏に激しく吐き下しする病気の古称である。後者は急性胃腸炎・コレラ・疫痢などの総称に該当するものとされる。
「五痔」東洋文庫の後注に、『内痔の脈痔・腸痔・血痔、外痔の牡痔・牝痔をあわせて五痔という』とある。但し、これらの各個の症状を解説した漢方サイトを探したが、見当たらない。一説に切(きれ)痔・疣(いぼ)痔・鶏冠(とさか)痔(張り疣痔)・蓮(はす)痔(痔瘻(じろう))・脱痔とするが、どうもこれは近代の話っぽい。中文の中医学の記載では、牡痔・牝痔・脉痔・腸痔・血痔を挙げる。それぞれ想像だが、牡痔・牝痔は「外痔核」・「内痔核」でよかろうか。脉痔が判らないが、脈打つようにズキズキするの意ととれば、内痔核の一種で、脱出した痔核が戻らなくなり、血栓が発生して大きく腫れ上がって激しい痛みを伴う「嵌頓(かんとん)痔核」、又は、肛門の周囲に血栓が生じて激しい痛みを伴う「血栓性外痔核」かも知れぬ。「腸痔」は穿孔が起こる「痔瘻」と見てよく、血痔は「裂肛」(切れ痔)でよかろう。
「虛噦」「噦」は「しゃっくり」を言う。東洋文庫の後注に、『胃気が逆行して喉に突きあがり、しゃっくりの出るもの。虚の場合は』、『力なく』、『音は弱いが』、『重病のときに現れることが多い』とある。
「反胃」東洋文庫では、これに『たべもどし』と当てルビをする。
「嘔逆」同前で、『むかつき』と当てルビをする。
「欝金」ウコン属ウコン Curcuma longa 。熱帯アジア原産であるが、十五世紀初めから十六世紀後半の間に、沖縄に持ち込まれ、九州・沖縄地方や薬草園で薬用(根)及び観葉植物として栽培された。
「火(ひ)を見べからず」東洋文庫訳では、『火を近づけてはいけない』とある。これは、五行思想の「相剋」(そうこく)で、「火剋金」(かこくきん/かこくごん:火は金属を熔かす)で、ウコンは「火」(か)に、チョウジは「金」(ごん)に属すということであろう。
「痘瘡」天然痘。
「光澤ならずして、起發せず」天然痘は、丘疹が生じ、全身に広がって、高熱を発する際、同時に発疹が化膿して膿疱となるが、この光沢が生じないというのは、膿疱が十分に腫脹してはいない病態を指していよう。
「陳文中」明代の医師のようである。「陳氏小兒痘疹方論」の著書が現存する。早稲田大学図書館「古典総合データベース」のここで、出版地・出版者・出版年不明であるが、版本が見られる。
「木香散」不詳。
「異攻散」漢方方剤サイト「イアトリズム」の「異功散」に詳しい解説が載る。消化器系漢方薬である。但し、その「処方構成」を見るに、「丁香」・「官桂」に正しく当たるものは、リストされていない。
「運氣」東洋文庫の後注に、『五運六気のこと。五運は木火土金水で、これはそれぞれ風・火(君火・相火)・湿・燥・寒に配当される。六気とは三陰(厥陰』(けついん)『・少陰・太陰)、三陽(少陽・陽明・太陽)のことである。これら五運六気がいろいろに結合し、天地間を運動・循環する。それによって万物は生成し変化すると考える論。司天は上半年の気侯を統率する客気で、下半年の気侯を統率する客気を在泉という。司天が太陽寒水なら、在泉は太陰湿土で、これは辰戌の年をあらわす。厳冬を大寒から啓蟄の頃までを指すとすれば、この時期の主気は厥陰風木である』とある。
「寒水司天」サイト「伝統鍼灸 一滴庵」のブログの「2024年は土運太過」に、「上半期の気象予測」と標題して、『先ほどの土運太過に加えて、上半期に影響する司天は太陽寒水なので、寒湿の影響を受けやすい気象予測となります。冷たい雨や雪などが降りやすい上半期になるかとおもいます』。『こういった上半期の寒湿の影響をうけやすいのが膝。膝痛が出現しやすい上半期になるかもしれません』。一~三『月頃は少陽相火が客気となりますので気温の上がり下がりが激しくなる可能性があります』。四~五『月頃は陽明燥金が客気となりますので湿を乾かしてくれるため』、『少し過ごしやすい季節になるかもしれません』。六~七『月頃は太陽寒水なので夏前にも関わらずあまり気温が上がりにくいかもしれません』とあった。以上は今年の「予測」であるが、さて、当たっているかどうかは、読者の感じ方にお任せしよう。
「欝遏」東洋文庫では、これに『おさえとざし』と当てルビをする。「遏」は「押し留める」の意である。
「咬𠺕肥(ヂヤガタラ)」インドネシアの首都ジャカルタの古称。また、近世、ジャワ島から日本に渡来した品物に冠したところから、ジャワ島のこと。
「加良阿保(ガラアボ)」語源不詳。]
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