譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(17)
○中氣の藥。
靑松葉五匁を酒五合へ入(いれ)、煎じ、其酒斗(ばかり)を飮(のむ)べし。目・口、つりゆがみ、年へたる中風(ちゅうぶ)にても、治する事、神の如し。
○中風名湯(ちゆうぶめいたう)。
桑の根・接骨木(にはとこ)【各一匁。】・石菖根(せきしやうこん)【五百目。】・枸杞【手、一束。】・忍冬【大。】・鹽一升・酢一升
右、七味、大釜にて煎(せんじ)、三番迄、せんずべし。但(ただし)、初(はじめ)一番の湯を、のけ置(おき)、二・三番の湯と取合(とりあはせ)、水風呂に仕込(しこみ)、入浴すべし。右、七日、入湯する也。初日、三度、中ほどは、一日に五度、終(をはり)の一日、二日は、七度、但(ただし)、入湯(にうたう)して二日目位に、頭痛することあらば、頭痛のやむを待(まち)て、入(いる)べし。又、垢を、よる事、なかれ。却(かへつ)て、此湯、入浴、久しければ、頭痛する也。中風・痛氣・腰痛・打身等に妙湯(みやうたう)也。
○中風わづらはぬ灸。
每年六月朔日、山田喜左衞門と云(いふ)人、夢想の灸をすゑる也。右の所は、芝口あたらし橋二葉町、大黑屋惣兵衞と申(まうす)人の所也。當日、出張して、灸をすゑる也。料物(れうもつ)、三十二錢づつ。
[やぶちゃん注:「芝口あたらし橋二葉町」現在の新橋。]
○中氣か、中氣でなきかを、こゝろむる方。
人、外より歸りて、手足、すくみて、動かざる事、有(あり)。其時、「中氣也。」と、さはぎて、人參など、のますれば、人參にて、いよいよ、手足、かたまり、一生、中氣のやうに成(なる)物也。是は、寒氣强き時、寒氣に當りて、手足、すくむ事、有(あり)。夫(それ)には、人參、決して用べからず。中氣にて、なきゆへ[やぶちゃん注:ママ。]也。是を、こゝろむるには、生姜を、すりて、其しぼり汁を、よほど、白湯(はくたう)の中へ入(いれ)、のましむべし。寒氣にあたりたる人は、「くさめ」をする也。中氣ならば、「くさめ」をせず、もし、「くさめ」をしたらば、必(かならず)、人參、用(もちゆ)べからず。
○霍亂(かくらん)せしには、
「へちま」の葉一枚を、梅の實(み)、「たね」ともに、黑燒にして、くみだての水にて、飮(のむ)べし【「張氏醫方筆記」に出(いづ)。】
[やぶちゃん注:「張氏醫方筆記」明代の医師の渡来書と思われる。]
○又、一方。
「靑たで」の「は」を、摺鉢にて、すりて、紙につけ、足のうらの土ふまずへ、はりおけば、治する也。
○暑氣に、あたらぬ方。
靑蓼葉・忍冬・艾葉(がいえふ)
右。三味、煎(せんじ)用(もちゆ)べし。暑さに當ること、なし。
○寒氣にあたらぬ方。
洒へ胡椒の粉を入(いれ)て、其湯にて、手足を塗(ぬり)て步行(ほぎやう)すれば、寒氣を、さくる事、妙也。
○風をひかぬ方。
「くさめ」する度每に、其儘、鼻を、强く、かむべし。
○疫病のわづらはぬ方【名二「三豆湯」一。】
八重(やへ)なり・あづき・黑豆
右、三味へ、甘草、少し加へ、せんじ、用(もちゆ)べし。
[やぶちゃん注:「八重なり」マメ目マメ科マメ亜科ササゲ属ヤエナリ Vigna radiata 。小学館「日本国語大辞典」によれば、『一年草。インド原産で、古く中国を経て渡来し、栽培される。高さ』三十~八十『センチメートル。全体に粗毛を散布。葉は三出複葉。小葉は卵形。豆果は線形で黒褐色の粗毛が生え、内に数種子を含む。種子はアズキに似ているが』、『やや小さく、エナメル状の光沢があり、緑色または黄褐色のものが多い。種子で餡やもやしを作り、粉は、はるさめの原料とする。一つ株に』沢山の『豆果を結ぶところからの名』。他に「ぶんどう」「まさめ」「あおあずき」「りょくず」「りょくとう」等、異名が多い。当該ウィキによれば、『漢方薬のひとつとして、解熱、解毒、消炎作用があるとされる』とあった。]
○虐(おこり)をおとす方。
「田ざらし」【「みつば」に似たる草にて、毒草也。】
右、一味を、生(なま)にて、くだき、たゞらかし、其汁を取(とり)て、男は左の脈所(みやくどころ)、女は右の脈所へ、ぬるべし。半時ばかり置(おき)て、洗落(あらひおと)すべし。虐を截(たつ)事、妙也。但(ただし)、洗落さずして、半時を過(すぐ)れば、はれあがりて、とがむる也。小兒など、皮膚の柔(やはらか)なるものには、紙を敷(しき)て、其上より、汁を、しぼり付(つけ)て、よし。
[やぶちゃん注:「虐」マラリア。
「田ざらし」不詳。「毒草」とあるので、是非、知りたい。識者の御教授を乞う。]
○又、一方。
「河原さいこ」と云(いふ)草、三匁、せんじて飮(のむ)べし。
[やぶちゃん注:バラ目バラ科バラ亜科キジムシロ属カワラサイコ Potentilla chinensis 。当該ウィキによれば、『日本では、本州、四国、九州に分布し、日当たりのよい海辺や河川敷などの砂礫地に生育する』。『世界では、極東ロシア、台湾、朝鮮半島、中国大陸に分布する』とあり、『和名カワラサイコは、「河原柴胡」の意』で、『河原に生え、根茎が太く、根茎を薬用とするセリ科』『ミシマサイコ』(セリ目セリ科ミシマサイコ属又はホタルサイコ属ミシマサイコ Bupleurum stenophyllum )『の類』である『「柴胡」に似ることによる』とあるだけで、薬効を記さない。]
○氣ちがひを治する方。
越前瓜(えちぜんうり)、蔕(へた)、一味、けづり、くだにて、鼻の穴へ吹入(ふきいる)べし。
[やぶちゃん注:「越前瓜」不詳。]
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