「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷一 㐧九 商人人の目をくらまし己も盲目に成事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。標題の「己(をのれ)」と「盲目(まうまく)」の読みはママ。本篇には挿絵はない。]
㐧九 商人(あきびと)、人の目をくらまし、己(をのれ)も盲目(まうまく)に成事
〇明曆の比、常州多河(たが)といふ所に、さる商人あり。
しよ[やぶちゃん注:「諸」。]商物に、いろいろ手苦勞(てぐらう)をし、人の「まなこ」をくらます事、數年(すねん)なり。
ある時、大分の「にせ物」をして、「ぎんみ」にあひ、すでに「くせ事《ごと》」に、あふべきにきはまりしを、相手、なさけあるものにて、其なむ[やぶちゃん注:「難」。]をの、がれける。
さる時、下人に、少《すこし》の「とが」ありしが、大分のやうに、いひかけ、引《ひき》よせて、兩眼(りやうがん)を、やきつぶして、おひ出す。
ある時、女房、「くわいにん」しけるが、程なく、虵(へび)を、うめり。
「こは、いかゞなり。」
と、おどろきさはぎ、みれば、目、しゐ[やぶちゃん注:ママ。「盲(し)ひ」。後も同じ。]たる虵也。
やがて、うちころして、すてぬ。
かさねての、「さん」にも、また、かくのごとし。
「いか成《なる》事やらん。」
と、なげき、かなしむ。
ある夜の夢に、神明(しんめい)、つげて、の給はく、
「なんぢ、商賣につき、人のまなこを、くらまし、或は、とがなき人の、眼(まなこ)を、つぶす事、其うらみ、はなはだ、つくる事、なし。妻のくわいにんをもつて、よく、思ひしるべし。ほどへて、なんぢ、盲目となるべし。」
と、あらたに、つげましましけり。
然《され》ども、此告(つげ)を、ことゝもせず、猶、罪、ふかくぞ、なりけれ[やぶちゃん注:ママ。]。
ある時、此男、一里ばかり他行《たぎやう》しけるに、いづくともしらず、「つぶて」、來つて、「ゆんで」[やぶちゃん注:左。]のまなこに、
「ひし」
と、あたる。
其いたむ事、五たいも、はなるゝばかりに、おぼえて、のちには、終(つゐ[やぶちゃん注:ママ。])に、兩眼(《りやう》がん)ともに、しゐけり。
それ、人として、善𢙣の道理を、わきまへしらぬは、くちおしき[やぶちゃん注:ママ。後も同じ。]事也。されども、神明は、人を、すて給はずして、あらたに御づけ[やぶちゃん注:両参考底本ともにママ。「御告げ」。]、ましましけるを、しらざる心のほどこそ、口おしけれ。
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