「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷一 㐧六 商人盗人にころさるゝ事幷犬つげしらする事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。本篇には挿絵はない。]
㐧六 商人(あきびと)盜人(ぬす《びと》)に殺さるゝ事、幷《ならびに》犬、つげ、しらする事
〇近江、「ちの」と云《いふ》所に商人あり。
極月(ごく《げつ》)下旬、上方ゟ《より》金銀をとりてかへるに、其《その》鄕内《がうない》に、あぶれもの、二人、有り。此《この》商人の「かね」を取《とり》てかへるをうかゞひ、うばはんために、二人、かたらひ、在所(ざいしよ)はづれに出《いで》て、待《まち》けるが、折ふし、のばら[やぶちゃん注:「野原」。]の事なれば、たとへ聲をたつるとも、在所、ほど遠し。
[やぶちゃん注:「在所(ざいしよ)はづれ」村外れ。]
かしこに待ちて、歸るを、難なく、双方より、うちよつて、さし殺し、金銀、おもひのまゝに、取《とり》て、則《すなはち》、死骸を、あたりの木の下(した)にうづみ、さらぬていにて、かへりぬ。
此《この》ころされしものゝ妻(つま)、夫(をつと)、年内(ねんない)かへ歸らざる事、ふしぎにおもひ、
「とやあらん、かくや、しつらん。」
と、あんじ、わづらひしが、爰(こゝ)に、をつと、つねに、犬を飼(かひ)置きけるが、正月五日の夜(よ)、くだんの犬、女房の夢に、告げていはく、
「其方《そのはう》の夫、かへり給はぬ事、ふしんし給ふは、尤《もつとも》也。いつまで待《まち》給ふとも、まちがひ[やぶちゃん注:「待ち甲斐」。]あるまじ。盗賊の手にかゝり、うたれ給ふ。死骸(しがい)は、野はづれの、木の下に、いれて、あり。」[やぶちゃん注:「かへり給はぬ事」実は両参考底本では、孰れも「給はん事」となっている。岩波文庫では、高田氏の『意によって改』とあるのに従って手を加えた。]
と、まさしくつぐるとおもへば、夢、さめぬ。
妻、不思議に思ひながら、うち過《すぎ》ぬ。
又、次の夜も、同し夢なり。[やぶちゃん注:「おなし」という読みは、今もあるので、濁点は打たなかった。]
妻、いよいよ、ふしぎに思ひ、やがて、夢にみし所へゆき、たづね見けるに、土(つち)、かきあげし所、あり。
ほりかへして見るに、うたがひもなき、夫の「しがい」也。
妻、ふかくなげゝど、其のかひ[やぶちゃん注:「甲斐」。]、なし。
程過《ほどすぎ》て、かの盜賊二人の内に、一人、わたくしの押領(をふれう[やぶちゃん注:ママ。])有《あり》て、奉行所にて、「がうもん」[やぶちゃん注:「拷問」。]にあひしが、くだん[やぶちゃん注:「件」。]の事まで、いちいち、白狀しけり。[やぶちゃん注:「押領」他人の物品・所領などを、力ずくで奪い取ること。歴史的仮名遣は「わうりやう」。]
「扨《さて》は。ぢうぢう、『いたづらもの』かな。」
とて、今一人も捕へられ、ともに、死罪に、あひけり。
[やぶちゃん注:「いたづらもの」岩波文庫では、編者が『悪漢(いたづらもの)』と漢字表記に代えてある。しかし、第一参考底本も、第二参考底本(右丁後ろから三行目)ともに、「いたづらもの」というひらがな表記である。]
「ちくしやう」といへども、かく、「死(し)しよ」を、よく、知りてつぐるに、人間の、物を知らざるこそ、「ちくしやう」にも、をとれり。「因果れきぜん」の「どをり[やぶちゃん注:ママ。]」[やぶちゃん注:「道理」。]、おどろくべし。
[やぶちゃん注:私は、ちょっと不満なのは、飼っている犬を連れて、遺体を見つけるというシークエンスになっていないことである。そうすると、犬の報恩奇談として、映像のリアリズムがよりよく出るのに、惜しいな、と感ずるからである。]
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