「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷二 㐧三 馬のむくひ來りて死事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。挿絵はない。]
㐧三 馬《むま》のむくひ來りて死(しする)事
○江州大津邊に、平作と云《いひ》て、馬をつかひ、世をわたるもの、あり。
年比(としごろ)、つかひし馬をしなせて、せんかたなく、野邊(のべ)に、すてけり。
其次のとし、かの馬を、すてしのべを、とをる[やぶちゃん注:ママ。]に、されたるほねを、あしにて、けまはして[やぶちゃん注:「蹴𢌞して」。]いふやう、[やぶちゃん注:「されたる」「曝(さ)れたる」で、「長い間、風雨や太陽に曝(さら)されて、色褪せたり、朽ちたりする」ことを言う。]
「扨〻、きやつに、數年(すねん)、なんまんの『まぐさ』を、くはれ、おもふやうにも、つかはず、にくきやつが、『しかばね』かな。」
と、いひて、ひた物《もの》[やぶちゃん注:「直(頓)物」で副詞。「むやみに」の意。]、けちらしけるが、何とかしたりけん、「むかふずね」に、ほね、一つ、けたて[やぶちゃん注:「蹴立て」。誤って蹴りたてて、自分の向こう臑(ずね)にしたたか、ぶつけてしまったのである。]、そくじ[やぶちゃん注:「卽時」。]に、たふれ、絕入(たへいり[やぶちゃん注:ママ。])けるが、しばらくありて、やうやう、いきつき、やどにかへり、さまざま、れうぢ[やぶちゃん注:「療治」。]するに、叶(かなは)ず、次㐧次㐧に、疵(きず)、くさり入《いり》、いくほどなくて、死(しに)けり。
きく人ごとに、
「むまの報《むくひ》か。」
と、いひあへり。
[やぶちゃん注:現実的に言えば、この男の感染したのは、明らかに破傷風である。家畜類では、馬が最も感受性が高く、よく発症することが知られている。病原体は、細菌ドメインのフィルミクテス門Firmicutesクロストリジウム綱Clostridiaクロストリジウム目クロストリジウム科クロストリジウム属クロストジウム・テタニ Clostridium tetani という嫌気性大型桿菌で、傷口から侵入すると、空気に触れない体内に入ることで増殖し、その排出毒素は、世界最強の毒素の一つとして知られ、各種シナプスを遮断し、重い痙性麻痺によって筋肉拘縮が起こり、死に至る。ワクチン接種以外には予防法は難しく、治療法も破傷風免疫グロブリンの投与による毒素中和の対症療法しかなく、致死率は十~三十%と高い。]
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