「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 篤耨香
とくちよくかう
篤耨香
[やぶちゃん字注:読みの「とくちよくかう」はママ。]
本綱篤耨香出眞臘國樹之脂也樹如松形其香老則溢
出色白而透明【名白篤耕】盛夏不融香氣清遠土人取
後夏月以火炙樹令脂液再溢至冬乃凝復收之其香夏
融冬結以瓠瓢盛置陰凉𠙚乃得不融雜以樹皮者則色
黑【名黑篤耨】爲下品 主治靣黧䵟𪒟
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とくぢよくかう
篤耨香
[やぶちゃん字注:読みの「とくぢよくかう」は濁点を入れたが、ママ。何故、こんな注を附すか判らない方が、半数以上、おられるであろう。しかし、この「耨」の音は「ちよく(ちょく)」でも、「ぢよく(じょく)」でも、ない、のである。「耨」の音は「ドウ」と「ヌ」の音しかないのである。現代中国語では、“nòu” (ノォゥ)で、今も昔も「鍬(くわ)で雑草を刈り取る」及び「除草用農具の鍬」を指す。されば、ここは本来なら「とくどうかう」でなければ、おかしいのである。]
「本綱」曰はく、『篤耨香、眞臘《しんらう》國に出づる。樹の脂なり。樹、松の形のごとし。其の香《かをり》、老《らう》する時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]、則と、溢(あふ)れ出づ。色、白≪くして≫透(す)き明(とを)る[やぶちゃん注:ママ。]。【「白篤耕」と名づく。】盛夏、融(どろ)けず、香氣、清≪らにして≫遠《とほ》し。土人、取りて後、夏月、火を以つて、樹を炙り、脂液《やにのえき》をして、再たび、溢《あふ》れしめて、冬に至りて、乃《すなは》ち、凝《こ》る。復や、之れを收む。其の香《かう》≪は≫、夏、融けて、冬、結す。瓠-瓢《ひさご》を以つて、盛り、陰凉の𠙚に置けば、乃《のち》、得て、融けず。雜(まぜ)るに、樹の皮を以つて≪せし≫者≪は≫、則ち、色、黑し【「黑篤耨」と名づく。】下品たり。』≪と≫。 『靣黧《めんれい》・䵟𪒟《かんざう》を治ずることを、主《つかさど》る。』≪と≫。
[やぶちゃん注:良安は、明らかに前項「蘇合油」と同様、実在性に疑問を抱いている感じで、「本草綱目」の引用だけで、自身の見解を、一切、附記していない。しかし、「本草綱目」が、具体な樹液の採取法・保存法を記載していることから、挿絵には、「松の形のごとし」を受けて松のような想像図の樹木を左に添えている。前の「蘇合油」では「薬壺」の絵だけで、木そのものが全く描かれていない(先には、「樟腦」に原木クスノキが描かれていないが、これは、逆に、ありふれた日本人の誰もが知っている「楠木」であるという真逆の理由である)。しかし、またしても良安先生には悪いが、これは、実在する。
「テレビンティナ」(ポルトガル語「terebinthina」)で、マツ科の植物から採取した樹脂を水蒸気蒸留して得られた精油「テレビン油」(ターペンタイン:英語:turpentine oil)のこと
である。無色、乃至、淡黄色の粘稠(ねんちゅう)な液体。特異な香気を持ち、味は辛い。揮発し易く、点火も易い。日光に当たると、酸化して樹脂様に変化する。合成樟脳・ボルネオール・テレピネオールなどの製造原料の他に、塗料・靴墨・油絵の材料・医薬品等に用いられ、「篤耨香(とくどうこう)」「松脂油」「テレメン油」「テレビン」等とも呼ぶ。本邦では、原樹脂は、
裸子(球果)植物門マツ綱マツ目マツ科マツ属アカマツ Pinus densiflora
マツ属 Pinus亜属 Sylvestri 節クロマツ Pinus thunbergii
などから採取している。
「本草綱目」の引用は、「卷三十四」の「木之一」「香木類」の「篤耨香」の独立項で(「漢籍リポジトリ」)、ガイド・ナンバー[083-60a]から始まる短いもので、「集解」「氣味」を一部カットして載せている。「集解」の最後にある「附録」の「膽八香」は全部外している。因みに、この時珍の載せた「膽八香」というのは、台湾原産で、カタバミ目ホルトノキ科ホルトノキ属Elaeocarpus の中文名「杜英」 Elaeocarpus sylvestris の果実から絞った油で、御香の原料にされるとされる。これは、中文ウィキの「杜英」に拠ったのだが、ここで、注意が必要なのは、このウィキで「日本語」を選ぶと、「ホルトノキ」に行くが、そこで掲げているのは、『日本在来種である』とする、ホルトノキの変種であるホルトノキ Elaeocarpus zollingeri var. zollingeri にリンクしてしまうことである(無論、逆も同じ)。この日本在来種の方のホルトノキは、日本以外では、『台湾、インドシナなど』とあって、中国本土を分布域に入れていないのである。どうも、しかし、ここには、錯誤或いは学説の異説でもあるかのようで、中文ウィキの「杜英」には、日本語の「ホルトノキ」にある六枚の写真が、全部キャプションごと転用されているのである。則ち、中国では、Elaeocarpus zollingeri var. zollingeri を認めていないという風にしか見えないのである。そこで、台湾のサイト「農業知識入口網」の『臺灣原生種之杜英科』『杜英屬林木』『和同扇被梢作「錫蘭椴攬」的外來樹種』という資料を見るに、この変種を認めていない(変種名学名は出ない)と思われる内容が確認出来た。ところが、私が植物では最も信頼しているサイト「跡見群芳譜」の「ほるとのき(ホルトの木)」には、この変種名の学名で掲げられてあり、一方で、説明の項で、分布域を、『本州(千葉県南部以西)・四国・九州・琉球・臺灣・福建・浙江・江西・湖南・兩廣・西南・インドシナに分布』とあったのである。本項とは、直接に関係しないのであるが、どうにも気になったので、取り敢えず記しておうことにした。
「眞臘《しんらう》國」六~十五世紀、インドシナ半島のメコン川流域に存在したクメール人(カンボジア人)の国家の中国名。扶南から独立して建国、七世紀前半に扶南を滅ぼした。八世紀に水真臘と陸真臘に分裂したが、九世紀初めに再統一し、アンコール‐ワットに代表されるクメール文化を現出した。十四世紀頃からタイの圧迫を受け、次第に衰退した。良安の時代は、その結果として暗黒時代であった。現在のカンボジアに相当する。
「白篤耕」ウェヘェ!!! 中文サイト「雪華新闻」の「春宵百媚香」に一ヶ所(配剤名のみ)だけ出るだけで、他に検索に掛らない!
「遠《とほ》し」遠方までその香りが届く。
「黑篤耨」殆んどが中文サイトで「篤耨香」関連で出るだけなので、私には万事休す。
「靣黧《めんれい》・䵟𪒟《かんざう》」東洋文庫訳の割注で『(どちらも顔色の黒ずんでいること)』とある。]
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