柴田宵曲「古句を觀る」正規表現版電子化注 / 「秋」(10)
猫の子もそだちかねてや朝寒し 元 灌
春から夏へかけて生れた猫の子は、造作なく育つやうだけれども、秋口になつてからのは、次第に冷氣が加はる爲であらう、どうも育ちにくいやうである。吾々も秋口の猫の子を貰つて、何度かやり損つた經驗を持つてゐる。
この句の眼目は「そだちかねてや」の一語にあ在る。子猫は死んでゐるわけではない、何だか育ちさうもない狀態なので、「そだちかねてや」と斷定しきらぬところに、餘情もあれば哀もあるやうに思ふ。そこがまた朝寒といふ時候に調和を得てゐるのである。
鵙啼や竿にかけたるあらひ物 浦 舟
鵙の聲は直に秋晴の天を連想させる。しきりに啼き立てる鵙の銳聲と、竿にかけて干す洗濯物と相俟つて、明るい秋の日和を十分に現してゐる。それだけに句としては寧ろ平凡だといふ人があるかも知れぬ。けれどもそれはその後に於て、この種の趣向が屢〻繰返された爲で、浦舟の句が出來た時分には、まだそれほどでなかつたのではないかといふ氣もする。
ひとつふたつ星のひかりや秋の暮 稚 志
しづかな、風も無い秋の夕暮であらうと思ふ。暮れむとして未だ暮れきらぬ空の中に、一つ二つ星の光が見えて來る。かくして徐に天地は暮れて行くのである。
この句を讀むと、どうしても「夕暮に獨り風吹く野に立てば、天外の富士近く、國境をめぐる連山地平線上に黑し。星光一點、暮色漸く到り、林影漸く遠し」といふ「武藏野」の一節を想ひ出さゞるを得ない。「星光一點、暮色漸く到り、林影漸く遠し」といふほど、徐に暮れ行く秋野の天を、簡潔に而も生々と描き得た文章は稀であらう。この稚志の句は武藏野の如き平野の光景であるかどうか、それはわからないが、自らその間に趣の相通ずるものがある。
秋の暮には由來傳統的な觀念が附纏つてゐる。「心なき身にもあはれはしられけり」とか、「その色としもなかりけり」とか、「花も紅葉もなかりけり」とかいふ三夕の糟粕を嘗めぬまでも、多くは寂しいといふことに捉はれ過ぎる傾がある。「うき人を又口說き見む秋の暮」「君と我うそに惚ればや秋の暮」といふやうな句は、一見この單調を破り去つたようで、實は心底の寂しさを紛らさうとする聲に外ならぬ。稚志のこの句が殆どすべてのものを離れて、一二點の星のみによつて秋の暮を描いたのは、この意味に於て異色ありといふべきであらう。作者は何ら自己の主觀を述べず、これ以外に何者の姿をも點じて居らぬが、天地に亙る秋暮の氣はひしひしと身に迫るやうに感ぜられる。
[やぶちゃん注:國木田獨步の「武藏野」(リンク先は私のサイトの最も古層に当たる電子化注。本未明、実に二十六年振りに大々的に正字不全及び誤りを訂した)の引用は「((二))」の以下。下線は原本では「○」、太字は「●」である。
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十一月四日――『天高く氣澄む、夕暮に獨り風吹く野に立てば、天外の富士近く、國境をめぐる連山地平線上に黑し。星光一點、暮色ようやく到り、林影漸く遠し。』
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「三夕」「新古今和歌集」の、
寂しさはその色としもなかりけり槇立つ山の秋の夕暮れ 寂蓮
心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ澤の秋の夕暮れ 西行
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ 定家
を指す。
「うき人を又口說き見む秋の暮」向井去来の句。私には、ちょっと生理的に厭な感じのする句である。
「君と我うそに惚ればや秋の暮」高濱虚子の明治三九(一九〇六)年九月十七日の詠。]
しら菊をのぞけば露のひかりかな 春 曙
白菊の大きな花――であらう――を覗いて見たら、花に置くこまかい露の光が眼に入つた、といふだけのことである。この句の特色は、菊に對して何者も配せず、ぢつと菊の花だけを見つめた――覗き込んだところに在る。この場合、赤菊でも黃菊でも面白くない、白菊ではじめて「露のひかり」が生きるのであるが、作者はさういふ商量を經たのでなしに、自分の覗いたのが白菊であつたから、そのまゝを詠じたのであらう。
花の露といふやうな句は、いづれかと云へば美しい空想の下に詠まれたものが多い。この句はさういふ類ではなささうである。作者は白い菊の花と、それに置いた露の光の外、何も描いてゐない。讀者もそれだけを眼前に髣髴すれば足るのである。
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