「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷一 㐧十一 人をねたむ女の口より虵出る事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。]
㐧十一 人をねたむ女の口より、虵(へび)、出《いづ》る事
江州、「くりもとのこほり」に、松兵衞と申《まうす》もの、あり。
[やぶちゃん注:『江州、「くりもとのこほり」』近江国北部の郡名。滋賀県旧栗太郡で、現在の草津市・栗東市の全域、及び、大津市の一部(瀬田川以東)と守山市の一部に相当する。旧郡域は当該ウィキの地図を参照されたい。]
かれが女房、ねたみふかき女なり。
ある時、夫(をつと)、「ぎやうずい」し、下女に、せなかを、ながさせける。
女房、大きにいかり、男の「るす」を、うかゞい[やぶちゃん注:ママ。]、此下女が兩手のゆび、やきゝり[やぶちゃん注:「燒き切り」。]、おひいだしけり。
ある時、此女ばう、「ひるね」しけるに、何ともしれず、兩手のゆびを、
「しか」
と、さしける[やぶちゃん注:「刺しける」。]。
女、おどろき、あたりを、みれども、なにのわざとも、しれず。
そのゆび、次㐧次㐧に、いたみ、大きにはれ、くさり、たゞれて、おちけり。
それにも、こりず、今一人の下人・下女、聲、よくて、歌、うたふを、
「夫、おもしがりける。」
とて、「した」を、はさみ出《いだ》して、きりて、けり。
程へて、此女ばう、俄《にはか》に、「した」、こばりて、物云《いふ》事、かなはず。
是を、かなしみて、あるたつとき「そう」のかたへゆき、一〻《いちいち》、くだんのとをり[やぶちゃん注:ママ。]を「さむげ[やぶちゃん注:ママ。「さんげ」。「懺悔」。]」して、
「此の『ぜつごん』[やぶちゃん注:「舌言」。]かなひ候やうに、『きたう』して、たべ。」
と、いひける。
僧のいはく、
「それ、其方《そのはう》の『あくぎやく[やぶちゃん注:「惡逆」。]』により、下人のゆびをきり、したを、ぬき給ふ『むくひ』、すでにあらはれ來り。『しつと』の邪心」(じやしん)、はなはだしく、其《その》『した』、終《つひ》には、きれて、おつべし。」
と申さるれば、此女、ふかくなげき、
「何とぞして、物、いはるゝやうに『きたう』して給はり候へ。」
と、五躰《ごたい》を、「ち[やぶちゃん注:「地」。]」になげて、かなしみける。
[やぶちゃん注:第一参考底本はここ、第二参考底本はここ。後者では、落書がかしこに見られるものの、僧の姿や、女房が口から蛇を半ば出だしているシーンがはっきりと視認出来る。]
其時、「そう」、「かんたん[やぶちゃん注:「肝膽」]」をくだき、いのらるゝとき、かの女ばうの口より、あかき虵、一すぢ、はひ出《いで》、なかば、内に、とゞまりぬ。
僧、こゑを、はげまして、きうに[やぶちゃん注:「急に」。]いのり給へば、くだんの虵、ち[やぶちゃん注:「地」。]に落(おち)、行(ゆき)がたしらず、うせにけり。
それよりして、此女、今までの「あく心」を、くひ[やぶちゃん注:ママ。]、かへして、「じひ」ふかくぞ、なりたりける。
此はなしは、明曆年中の事也。
[やぶちゃん注:「明曆年中」一六五五年~一六五八年。第四代徳川家綱の治世。]
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